殺し屋として育てられた女は幼女につきまとわれて道を踏み外す

河藤十無

第1話・邂逅

 私は暗殺者アサシン

 2072年の東京で、暗殺を生業にしている。


 (………)


 雨の降り止まない夜空の下、古びた雑居ビルの屋上にこもってもう二時間になっていた。

 手持ちの道具の中では二番目に高い、ツァイス・ディアヴァリのスコープを覗く。標的はもう捉えており、あとは右手の人差し指を数センチ後ろに引くだけで、二日かけて念入りに調整した結果が明らかになる。

 何も問題はない。寒いだの腹が減っただの、何の役にも立たない臨時雇いのスポッターは早々に引き上げさせたから、静かなものだ。

 レティクルの線上に重なった標的の顔を注視。間抜けなツラだ。きっと自分が死んだことも理解出来ぬまま、生命活動を止めることだろう。

 これまで散々中華難民やら日本人ボランティアやらを食い物にしてきたヤツの最期としては、随分とお優しい待遇だ。その分地獄でツケを払ってもらおう。

 スコープを覗いていない左目で、雨滴の角度と射線上に予めセットしてあった布きれの動きを最終確認。当然、雨で弾道が変化することも計算済み。


 (………)


 左半身の火傷の跡が疼く。それを頭の隅で疎ましく思いながら、トリガーを引いた。サイレンサーを装着していないレミントンM24A3の銃身から飛び出して行った弾頭は、雨のお陰で人知れず夜空を切り裂きそして。


 (………ヒット)


 標的の頭部を血の詰まった水風船に変えた。

 これで仕事は終わり。ヤツの下についていた有象無象が数日混乱し、そして…また別の人間ヅラした化生が同じポジションに着くことだろう。

 くだらないことの繰り返しだ。だがそのお陰でこちらも食いっぱぐれは無いのだから。

 目的を達成した私はスコープから目を外し、こちらに反撃するカウンター・スナイプの気配が無いことを確認すると、すっかり冷え切った体を起こし、仕事道具を片付け始める。

 その時、仕事を終えた安堵感などというものがその時私にあったのか。無かったと思いたい。

 であれば、そこにいた「モノ」は私以上の何かだったということになる。


 「………」


 視界の端にあった白い人影に素早くCz75を向ける。仕事の場を見られたという一事で躊躇う意味など無いはずなのだが、いつもよりコンマ8秒遅れでトリガーが引かれた。

 遅れた理由、など些細なものだ。それが、白いスモックのようなものを、着たというより頭から被っていた子供だったからだ。

 …好き好んでではなく、しかし明らかに殺意と目的があって子供を殺したことなど、これが初めてでもない。僅かながら私の中に残っている、人間らしさ、というものが軋みを上げたような気がしたが、そんなものは弾が当たった後には何の役にも立つまい。


 「運が悪かったな。恨みたければ恨めばいい」


 文字通り後方に吹っ飛んでいった子供に丁寧な弔辞を述べ、ライフルを担ぎ直すとその場を後に…


 「………いったぁい…」


 …………しようとしたところで、肉塊がしゃべった。仕事帰りのささくれ立った気分を逆撫でするような、呑気な声で。

 落ち着け、私。動かない標的を外すことなどあり得ないが、現に口を利いているのなら生きていることは事実だ。

 担いだM24を降ろして素早く構え、装弾を済ませた。条件反射だけで行う操作を経て、スコープも使わずトリガー。立射の反動を肩だけでどうにか支える。

 着弾を確認するまでもない。手応えはあった。白い子供は再び吹っ飛んだ。9mmなど笑い話にしかならない威力は、上半身を丸ごと血袋に変えて当然だ。


 「………なにするんですかぁ、もー………」


 だというのに、額を何かにぶつけてしまいました、みたく頭に手を当てながら、そいつは四つん這いのまま涙目をこちらに向けてにらんでいた。




 私は暗殺者アサシン

 プロになってから、仕事をしくじったことなど一度も、無い。


 ………だが、それも昨日までの話になった。

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