第330話 ちょっと前の桃代

いぶかしい顔をして席を立ち、桃代が居間から出て行ったので、俺はこの隙にノートを取りに書斎に行く。

桃代は寝室ではなく、乱雑に物があふれる部屋に行き、一冊のフォトブックを持ってきた。

そうそう、このフォトブックの中にある写真で、桃代の制服姿を見たんだった。


桃代はページをめくりながら何かを探している。

ページをめくたびに学生時代の桃代を見つけて、ユリと桜子がキャーキャー騒いでやかましい。

特に、カワウソの着ぐるみを着たユリがキャーキャー言うと、音がこもって鬱陶しい。


【静かにしろ】と注意をしたいところだが、苺とクルミ、更にキーコまで一緒に騒いでいるので注意が出来ない。


「・・・ ・・・ ・・・あった! ねぇ、紋ちゃん、小さくてわかりづらいと思うけど、ここをよく見て。この全校生徒が写っている写真、この子、この子に見覚えはない?」

「どれ・・・ ・・・なんか、小さすぎてよく分からないな。なあ、キーコ、おまえはどうだ?」


「紋次郎君はバカなの? 桃代姉さんの昔の写真に、キーコちゃんの知ってる人がいる訳ないでしょう」

「この人・・・この写真の顔はけんがなくて明るい表情だから分かりづらいけど、この人に影を落とすと楓さんだ」


「えっ? 知ってる人がいたの? えっ? 楓さんって、いま紋次郎君が話してくれた幽霊だよね」

「桜子はちょっと静かにしてくれる。どう、紋ちゃん。今のキーコの見立てを頭に入れて、もう一度よく見て」


「んっ?・・・本当だ。この顔を陰気いんきにしたら楓だ。ちょっと待って、じゃあ、楓と桃代は普通に知り合いなのか?」

「いいえ、わたし自身は話した事すらないよ。でも、そうすると楓の心残りはアレかな? アレを解決する為に、紋ちゃんに目を付けたのかな? だけど危険すぎる。さて、約束をしたようだし困ったわね」


「ももよさん、一人で納得してないで、ちゃんと説明をしてもらえます。桃代は知らないのに、話をした事もない楓は、どうしてあなたを知っているの? 心残りのアレって、なんのことだ?」

「紋次郎君さぁ、あんたが思うより桃代姉さんは有名なんだよ。このへん一帯の大地主、真貝本家のお嬢さまで、美人のうえに成績優秀なんだから、学校なんて限られた空間だと、すぐに知れ渡るでしょう。桃代姉さんが知らなくても、向こうが知ってるなんて、よくあると思わないの」


「まあ、桜子の言いたい事はわかる。俺がここに来た時に聞き込みをしたら、商店街の爺婆もみんな桃代の事を知ってたからな」

「それに、オッパイが大きいから、男子連中にしょっちゅう交際を申し込まれてた。みんな玉砕してたけど、玉砕した男の子は自分の面子めんつを守る為に、悪口を言いふらす。だから、桃代姉さんは感情を顔に出さなくなって、鉄仮面なんてあだ名をつけられてたの」


「ひどい、完全な逆恨みじゃあないですか。桃代姉さんはすごく表情が豊かなのに、鉄仮面なんて失礼過ぎるよ。ねぇ、紋次郎兄ちゃん」

「ホントそうだな。桃代の気をきたかったら、鉄仮面ではなく黄金のマスクって呼ばないと。そうだよな桃代」


「えへへ、さすがは紋ちゃん、よく分かってる。それでこそ、わたしのお婿様よ」


黄金のマスクは嫌味のつもりだったのに、桃代のヤツ、喜んでいやがる。

更に、桃代がお婿様なんて言うから、ユリの親父もニヤけた顔して、なんか腹が立つ。


「でも、まぁ、アレよ、わたしに交際を申し込む時点で間違ってる。だって、わたしは小さい時に、紋ちゃんと結婚してたんだから」

「ももよさん、あれはママゴトですぜ。それよりも、楓が桃代を知ってる理由は理解した、鉄仮面の意味もわかった。じゃあ、楓の事を教えて、心残りのアレってなんなの?」


「楓の心残り・・・あくまで噂の範疇はんちゅうだけど、楓が誰なのか、正体を知れば紋ちゃんにも答えがわかる筈よ」

「正体って言われても、桃代の同学年の生徒か上級生なんだろう。何をそんなにもったいぶってるの?」


「あのね、以前、紋ちゃんにも話したでしょう。わたしが高校一年生の時に、三年生の子が三人、山に入って化け物かけものに襲われたって。その時に腕を失くして、そのあと自殺をした女の子、その女の子の名前が確か森山楓だったはずよ」

「え~っと、なんだっけ、それ? なんか、怖い話だったから憶えてない。てか、もう聞きたくない」


「もう、ちゃんと憶えてないとダメでしょう。紋ちゃんが危険な場所に行かないように話して聞かせたのに・・・」

「桃代姉さん、あたしにもその話を教えてください。楓さんに関しては何か引っ掛るモノがあるんです」


「いいけど、愉快な話ではないわよ。それから、この話の真相はハッキリしてないの。ただ、三人の人が死に、無責任な噂が尾ひれをつけて広がってるだけだからね」

「無責任な噂っていうのが一番厄介だよな。それに真実味を加えて、面白おかしく広めるヤツがいるからな」


「そうね、紋ちゃんの言う通りよ。だから、聞いたところでキーコも参考程度にしておきなさい」


桃代が高校一年生の時の話。

ひとつ山を越え、その先にある県の所有だか国有地なのかは知らないが、化け物が出ると言われる山に男二人と女一人で探検に行き、化け物だかけものに襲われて女の人だけが大怪我をした大事件。


狼狽うろたえる俺の姿を楽しんだあと、安心させるために作り話といつわった桃代の怪談話。


桃代から一度は聞いた楓の話、もう一度聞いても気分が悪い。

楓に感情移入をしたから? そうではない。

桃代の手のひらでおちょくられ続ける、自分の過去を思い出したからだ。


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