第324話 お迎え

退院してから一ヵ月も経つと、俺の身体からだは完全に復調し、それと同時に面倒事が舞い込み始めた。


その日、俺が居間でまったりしていると、スマホが鳴った。

誰だ? アドレスに登録されている人ではない、誰だか分からない相手だが、番号の表示がされているので出てみると、まさかの人だった。


まさかの人、最初の面倒事は、椿さんから始まった。


確かに、ユリには聞いていた。

ユリが暮らしている環境を見ておきたい。挨拶をしておきたい。だから、来てもいいですか? そうは聞かれていたが、桃代に任せた筈だ。


それなのに、どうして俺に連絡を寄越す? しかも、いま駅に居るから迎えに来い?どう考えても、おかしいだろう。

自分の娘のユリに頼めよな・・・てか、なんで俺の携帯番号を知っている?


まして、タクシーを使えばいいのに、どうして俺が迎えに行かないといけない? 

しかも、今日は土曜日だ。ユリも休日で、座卓の向こう側でクルミに芸を教えている。


【必要のない芸を教えるな、クルミを見せ物にするつもりか? おまえが迎えに行け】などと文句を言いたいところだが、入院中にみんなに迷惑を掛けた俺は強く言えない。


一方、椿さんは言いたい事を伝えると、さっさと電話を切りやがった。


【はぁ? とか、へっ?】くらいしか言葉を発してないのに、桃代は今の連絡が誰からで、どんな用件なのかを知っていた。

車のキーを渡されると、小さな声で【早く迎えに行きなさい】っと、かされた。

結局おまえが黒幕かッ。 


桃代に逆らえない俺は、素直にキーを受け取ると、何も言わずに母屋を出る。

しかし、当然のように付いて来るヤツが一人いる・・・今日の監視役はキーコのようだ。

キーコを助手席に乗せて発車をした後で、何処どこに誰を迎えに行くのか話して聞かせると、申し訳なさそうに【知ってるよ】っと、答えられた。


「なあ、キーコ。怪我は治った。身体からだはもう本調子だから、そろそろ俺の監視するのをやめてくれない」

「そう言われても、桃代姉さんの命令だからね、あたしにはどうする事も出来ないよ。それに、紋次郎兄ちゃんを見張るのは楽しいからね」


「楽しい? なあ、キーコ、仮にだぜ、俺がキーコの監視を続けたらどうする? ひとごとも気楽に言えなくなるぜ」

「あたし? あたしはうれしいよ。ひとごとは言わないし、紋次郎兄ちゃんを独占できるからね。チャンスがあれば、ちょっと恥ずかしいけど、一緒にお風呂に入って背中を流してあげる」


入院している時に寂しい思いをさせたのかな?・・・ついに、キーコが壊れ始めた。


「いいですかキーコさん。オイラが他の女の子と、もしも風呂に入ると、桃代さんに何をされるか、考えた事はありますか?」

「その場合はね、ちゃんと水着を着て桃代姉さんも一緒だよ。それだったらいいでしょう?」


「いいわけあるかッ。頼むよキーコ、おまえまでみんなに感化されて、阿呆あほうになるなよ」

「だって、クルミとは一緒にお風呂に入ってるじゃない。どうしてあたしはダメなの?」


「あのな~クルミは毛むくじゃらのカワウソ。キーコは普通の女の子。同列で考えるな」

「だけど、あたしの正体は鬼だよ。普通の女の子とは、ちょっと違うと思うけど、その辺はどうなの?」


「いいのッ、俺にしてみればキーコは普通の女の子なんだから。それにだぜ、キーコと一緒に風呂に入ると、必ず苺も便乗してくるぜ。最近のあいつは、龍神の神力しんりょくの影響なのか、言動が龍神に似て来たと思わないか?」

「どうだろう? だけど、苺さんを悪く言ったらダメだよ。モンちゃんの退院が決まった時に、苺さんはもの凄く喜んでいたからね」


「ふ~ん、まあ、苺に関してはどうでもいいけどな。ヘビだから。しかし、椿さんは何しに来るんだろう? ユリの住んでる場所を見たいって、妊娠中なのに無理して来る必要があるのかな?」

「いいな~椿さん。ねぇモンちゃん、あたしも赤ちゃんが欲しい」


「キーコさん、突然なにを言ってるの? 紋次郎兄ちゃんとしては不純異性交遊は許しませんぜ。そういうのはもっと大きくなってから言いましょうね」

「へっ? あっ、違う違う。あたしの赤ちゃんではなくて、モンちゃんと桃代姉さんの赤ちゃん。絶対に可愛いよね」


「そうだな、桃代に似て、俺に似なければな・・・・・って、なんの話をしてんの? ほら、そろそろ駅だぞ。俺の監視よりも椿さんの体調を一番に考えてやれ」

「何か誤魔化された気がする。だけど、モンちゃんの言う通りだね、椿さんの滞在中は身重の椿さんを優先しないとね」


「・・・滞在中? なあキーコ、椿さんは母屋のユリの部屋を見て、離れの仕事場を見たらすぐに帰るじゃあないのか?」

「もう、それだと、椿さんの身体からだに負担が掛かるだけでしょう。桃代姉さんは、しばらく泊まってもらうつもりだと思うよ」


「そうか、そうだよな、ごめん。まあいい、住みつく訳ではないからな。よし、駅に着いたぞ。椿さんは何処どこにいる?」


俺は駅前のロータリーに車を止めると、キーコと二人で駅舎の方に歩き出す。

あまり人の居ない、割と閑散とした駅前、居るはずの椿さんが見当たらない。

なんでだ? トイレにでも行ったのか? 


まわりをよく見て探したが、椿さんの姿は見当たらない。その代わりに、駅前のベンチに座る見知ったヤツを見つけた。


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