第306話 武者震い

俺はやしろの破壊を阻止する為に、藪から出ようとしたが、話の内容を聞いてきたクルミが戻って来ると、止められた。

ついでに、短絡的な行動をしようとした事で苺に怒られた。


ヘビの苺に怒られて、カワウソのクルミに慰められて、霊長類の俺は居たたまれない。


「もうッ、落ち着いて下さい紋次郎さん。せっかくクルミさんが話を聞いてきたのに、それではなんの為にクルミさんが危険をおかしたのか分かりません!」

「そうですね、すみません苺さん、親指の青タンがズキズキしたもので。それで、話の内容はなんだったんだ、クルミ」


「あのね紋次郎君。見て、聞いた感じでは、まともと言っていいのか、まともそうなのは、あの命令をしてる人だけでした。あの人は【どうしてまたやしろがある、なんでみずちを祀る】って、怒ってましたよ」

「ん? やしろが有ろうがみずちを祀ろうが、アイツには関係ないだろう。なのに、なんで怒るんだ?」


「わかりません。だけど、あの人? あの死霊? とにかく高圧的で、嫌な感じでした。あと、ここからだとわかり辛いですが、他の黒い影とは違い、あの死霊だけはハッキリと姿が現れてました」

「そうか、きっと、生きてる時から高圧的だったんだろう。それで他の奴らはどうだった? 何人くらい居た?」


「他の死霊はですね、あ~とか、う~しか言ってなかったです。数は二十人くらいでしょうか。みんな、あの死霊には逆らえないようで、やしろを壊す命令をされてます。だけど、何かに弾かれて近づけないようです」

「二十人か・・・意外と多いな。一斉に取り憑かれたら、俺は自分の意志で動けなくなるな」


「紋次郎さん、その前に。いまクルミさんの言われたみずちって、あのみずちの事ですか? あのやしろみずちを祀るやしろなんですか!」

「えっ・・・あっ、イヤ、俺は知らないけど、クルミの話を聞く限りそうみたいだな。苺こそみずちを知ってるの?」


「まぁ、書物で読んだ事があります。確か、瓢箪ひょうたんを三つ同時に沈められなくて退治されたはずです。もしかすると、御神体はみずちに連なるモノで、死者が弾かれるのは龍神さんの鱗に残る神力しんりょくのおかげかも知れないですね」

「そ、そうかも知れないな。みずちに関しては、俺は知らないけどな」


不味い、苺にみずちのことを知られた。

もしも、みずちが苺に取り憑いたままならば、やしろが破壊されると眠りから覚めて、何か行動を起こすかもしれない。

それは阻止しないと・・・最悪の場合、苺が破裂してみずちが姿を現すかも知れない。

そうなれば俺も無事では済まない。


無事に帰る約束をした、キーコにメチャメチャ怒られる。


俺は頭をフル回転させて、この場を凌ぐ解決策を考える。

しかし、それより早く、命令をしている死霊が怒鳴り声を上げると、トンデモない命令を叫び始めた。


「え~いッ、このままではらちかん! キサマ等は、あそこの土手を崩してこい。さすれば氾濫した河の水で、この石垣ごとやしろを押し流せるわいッ!」

「う~~っ、あ~~っ・・・ ・・・ ・・・ ・・・あ~~っ、う~~っ」


「ヤバいな苺、あそこの土手を崩されたら、やしろどころか俺たちまで流されちゃうぜ。そんな事になってみろ、二度と流しそうめんが食べられなくなるぜ」

「ハァ~~~紋次郎さん、あなたという人は、ほかたとえようがないのですか? グラタンだの素麺そうめんだのと、それどころではありません。もしも、あの土手が決壊すると、この辺りの民家を始め、ショッピングモールの仕事を請け負った、桃代さんの会社にも大きな被害が出ますよ」


「はい、すみません。緊張をほぐそうと思ってふざけてみました。よし、まずはあの死霊の手下を成仏させる。奴らは操られているだけだからな、俺だけでなんとかなると思う」

「また~~紋次郎さん、あなたに何が出来るんですか。【一斉に取り憑かれたら動けなくなる】って言ったのは、あなた自身でしょう」


「だからな、この雨を利用するつもりだ。この土砂降りだ、たきぎょうみそぎとあまり変わらないからな、俺に取り憑けばそのうち成仏するぜ」

「それでしたら、わたくしが代わります。紋次郎さん、あなたとクルミさんはここで待機してください」


「それは無理だな。鱗に残る龍神の神力しんりょくの影響で、奴らがやしろに近づけないのなら、同じ理由で苺には取り憑けない。だけど俺は違う。それに、かあの手の奴らに、俺は好かれるからな」

「うっ、最後の一文で反論のしようがありません。ですが紋次郎さん、本当に大丈夫なんですね?」


「おまえは長く生きてるわりに心配性だな。まあ俺を信じろ・・・なあ、苺、おまえは長い年月ねんげつを人の為に井戸を守り続けた。最後くらいは守ってもらうのも悪くないだろう」


苺に出て来ないよう釘をさし、俺はひとりで藪から出て行く。

苺が無理をして水神から貰った神力しんりょくが、この場で枯渇すると、亡骸の苺を連れて帰る事になる。

それは嫌だからな。


「ねぇ苺さん、紋次郎君は行っちゃいましたけど、【最後くらいは守ってもらうのも悪くない】って、どういう意味なんですか?」

「さぁ、さっぱり分かりません。あの人は何を考えているのでしょう。クルミさん、あなたこそ分かりますか?」


「苺さんが分からないのに、わたしに分かる訳ないですね。だけど、紋次郎君の優しさは伝わってきました。あの人、時どき冷たい言い方をしますが、行動は温かいですからね」

「ふふ、そうね、クルミさんの言う通りです。ヘビが苦手なくせに、わたくしにまで気を遣ってくれて、本当に不思議な人です」


苺の残り少ない寿命に気を遣い、カッコ良く藪から出たのはいいが、俺の身体はふるえている。

雨に打たれて身体が冷えたから? 苺やクルミに良い所を見せようと武者震いをしているから?


そうではない、ただ単に、あの高圧的な死霊が怖いからだ!


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