第305話 正体不明

なんだ、アレは?

きりではないよな、こんな土砂降りの雨の中で霧が発生するはずがない。

そもそも霧は黒くない。


じゃあなんだ? 考えても、俺の頭ではわからない。

だが、俺が感じた言葉で言いあらわせない嫌なモノは、アレだと思う。


まさか、みずちが実体化したのか? それは無いと思うのだが、今のところ確かなことはわからない。

気分的には行きたくないが、俺の直感が足を進める。

雨に打たれながら畦道あぜみちを進んで行くと、少しずつ黒い霧の正体が見え始めた。


なんだ、あれ? 人の形をした黒い影が、やしろのまわりに集まって居る。

こんなに激しい雨に打たれながら、顔も身体からだも黒いままだ。とても、生きてる人とは思えない。

しかも、かなりの集団だ。


俺は振り向いて苺に合図を出すと、畦道あぜみちから外れて、藪に隠れ、集団に見つからないように近付き、様子を見ることにした。


「なあ苺、あいつ等はなんの集団だと思う? こんな豪雨の中で、何をしてると思う?」

「さぁ? 何をしているか、今のところわたくしにも分かりません。ただ、あの集団は生きてる人間ではないですね。ヘビのピット器官は、熱を感知して暗闇でも相手を特定します。しかし、あそこに居る人達からは熱を感じません。ですから、生きてる人間ではないですね」


「やっぱりか・・・でも、なんで俺と桃代がこしらえたやしろに、幽霊らしき奴らが集まるんだ? 何が目的なんだろう?」

「そうですね、そう言われると不思議です。ねぇ紋次郎さん、あのやしろの御神体は何にしたのですか?」


「御神体って言われても・・・以前のやしろを見つけたからな、中にあったよくわからないモノを移し替えただけだぜ。あとは、龍神の鱗を一枚入れておいた」


みずち逆鱗げきりんとは言えない。俺は知らないフリをした。


「そうですか、その以前のやしろに入っていたモノは気にはなりますが、紋次郎さんが見て分からないのであれば、どうしようもないですね。それでどうします? 様子も見たことですから、もう帰りますか?」

「イヤ、それはダメだ。奴らが何者なのかハッキリさせないと、桃代の仕事に支障が出る可能性がある。んっ? よく見ると命令を出してるヤツが居るな。なあ苺、ヘビの聴力は優れてるんだろう、何を言ってるか聞こえるか?」


「あのですね紋次郎さん、無茶を言わないでくださいよ。これだけ雨音が激しいと、さすがに聞こえませんわ」

「紋次郎君、わたしが近くに行って聞いて来ます。わたしのこの姿なら、あやしまれることはありませんから」


「お、おう、そうかクルミが居たな。よし、おまえに託す。何を言ってるか聞いて来い。ただし、気づかれたら、すぐに俺の元に戻って来い。絶対に無理をするな」

「ありがとう紋次郎君。でも、あの命令を出してるのはイヤな奴です。出来れば正体を突き止めてきます」


なかなか役に立つカワウソ・・・だが、クルミの積極性に違和感を感じる。


まあ、クルミも何かを感じ取り、ここまでついて来たわけだ。

来てみれば、生きてない人の集団に遭遇した。


奴らはなんの集団だ? 祟りの原因はみずちのはずなのに、奴らも関係があるのか?


龍神は、森の祟りが無くなっている。前々回、ここに来た時にそう言うと、キーコと苺もそれを確認した。

前回、やしろの設置が終わるとクルミが現れ、今日はまた別の奴らが現れた。


クルミも、あそこに居るヤツと、自身に悪縁あくえんがあるのでは、そう感じているのかも知れない。


ちなみに、俺は昨日の夜に桃代から聞いた、【あの子には何か取り憑いてるのではない。】あの言葉の意味を、この場所に来るまでの車の中で考え続けて、思い当たる過去の事例に気が付いていた。

今はまだ何も確証はないが、それがクルミの正体なのかも知れない。


クルミの正体が、俺の予想通りだとすれば、マズい事態になるかも知れない。

だが、それよりも、あの集団がなんなのか、今はそっちの方が重要な気がする。


「ねぇ、紋次郎さん。ここは一旦引き上げて、龍神さんを連れて来た方が良いのではありませんか?」

「そうだな、俺もそう思う。だけど、今更それを言っても仕方がない。それに手遅れだ。奴ら、やしろの破壊をするつもりだ。それは阻止しないと」


「確かに、こぶしを振り上げてやしろに近づいてます。しかし、弾き飛ばされて誰も近づけませんね、どういう事なんでしょう?」

「さあなっ、だが、これでハッキリした。奴らは敵だ。俺と桃代が作ったやしろを壊そうとしやがって、とんでもない悪霊だ!」


あの社を作るのに、俺の親指はトンカチから痛恨の一撃を受けたのに、いまだに内出血で青いのに、それなのに! 壊そうとするなんて絶対に許さない。


なんて、それはさておき、問題はみずちの存在だ。

苺に取り憑いていたみずちは、消えたのではなくやしろの設置をした事で、眠りについたのかも知れない。

みずちが眠りについたので、龍神はみずちの気配を感じなくなったのかも知れない。

もしかすると、みずちやしろに戻ったのかも知れない。


どれもこれも俺の憶測だが、どちらにして、あのやしろを守らないといけない。


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