第302話 直感

雨が本降りになる前に、やるべき事を済ませると、急いで俺たちは母屋へ帰った。


風呂場で手足を洗うクルミに、タライを出して水を満たしてやると、遊び場を作り、今日は川に行かないように釘をさしておく。


増水したうえで流れの速くなってる川で遊ぶと、いくらカワウソでも流される可能性がある。

流されたその先で【紋次郎君の家は何処どこですか?】なんて、その辺に居る人間に話し掛けられても困るからな。


手足を洗い終ると、ちゃんと拭くようにクルミに教えてやるが、自主的にタオルで手足を拭くカワウソ・・・かなり可愛いかも。

まあ、玄関を開けられるほど器用なのだから、それくらいコイツには朝めし前だと思う。


さて、用事は済んだので、その朝めしを食べる為に居間に行くと、桃代を始めユリと桜子が、テレビでニュースを見ていた。


「あら、おはよう紋ちゃん。今日も塚にお参りに行ってたの? 天気の悪い日はやめた方が良いよ」

「そうだな、気を付けるよ。それから、おはよう桃代さん。ついでにユリと桜子もおはようさん」


「ついでって・・・まぁいいわ、おはよう紋次郎君。じゃあ、クルミの世話をするから貸して」

「貸してって・・・まあいい、ほらクルミ、ユリが遊んで欲しいって。鬱陶しいから少し遊んでやれ」


「ユリ、少しにしておきなさい。食事の後は、台風の影響でやる事がたくさんあるからね。切り替えるのに時間が掛かるわよ」

「ちぇ、は~い・・・あっ、そうだ、知ってますか桃代さん、エジプトにはカワウソのミイラもあるそうですよ」


「おやぁ? わたしにそれを聞くの? ユリこそ、どうしてカワウソをミイラにしたのか知ってる?」

「いえ、そこまでは知らないです・・・ヤバい! 不味い事を言っちゃった」


「いいユリ、カワウソがね、太陽の熱を吸収する時に、立ち上がって両手を合わせる姿が、太陽を崇拝しているように見えるから、古代のエジプト人はカワウソを太陽の眷属としてミイラにしたのよ」


ユリは、ミイラの話題を振れば桃代が脱線し、カワウソと遊べると思ったのだろう。

ただ、予想以上に桃代は脱線し、そのまま走り続け、ユリはカワウソと遊ぶどころか食事もまともに食べられなかった。


可哀想なヤツ・・・俺も迂闊な事を言わないよう気を付けよう。


始業時間になり中途半端なまま食事を終わらせると、桃代はユリと桜子を連れてはなれに行った。

台風の影響で、賃貸物件を扱う真貝の不動産会社に問い合わせが殺到した時に、素早い対応が出来るようマニュアルを作る為だそうだ。


その日の午前中はユリの腹ペコ以外は何事もなく過ごしていたが、昼食の為に母屋に戻り、テレビで台風情報を見ていた桃代の感想で、午後からの雲行きがあやしくなり始めた。


「不味いわね、線状降水帯の発生が早まったみたい。龍神様、昨日の夜にお願いした件なんですが、早めに注意をしてください」

「んっ? まあ、任せんさい。ワシがおる限り真貝の家は安泰じゃ・・・紋ちゃんが余計な事をせん限り」


「いいか龍神、いちいち俺を引き合いに出すな。でも、まあ、おまえだけ雨の中で用心してもらうからな、あとで差し入れを持って行ってやる」

「そうそう、その気遣いは大切で。ほんじゃあ、腹も膨れたことじゃし、ワシは山頂に行く。キーコ、あんたの両親の塚も守ってやるけぇ安心しんさい」


「ありがとうございます龍神様。何かお手伝いする事があれば、なんでも言ってください」

「そうか~それじゃったら、紋ちゃんのおやつの隠し場所を教えてくれるか。最近の紋ちゃんは、わかり辛い場所に隠しとるみたいなんじゃ」


「いいか龍神。つまらない事を聞いてないで、さっさと行け。おやつは隠してない。全部おめえが食っただけだ」


龍神は笑いながら、母屋を出て行った。

ただ単に、笑いで誤魔化し逃げたような気もするが・・・。

無断でおやつを取られないよう防御策の為に、今度またウイスキーボンボンを買っておこう。


龍神が山頂に行ったあと桃代たちもはなれに行くと、母屋に残るのは鬼のキーコと、喋るカワウソのクルミの他に、人の姿をしたヘビの苺、そんな世にも珍しいトリオと、平凡な人間の俺だけになった。


何をする訳でもなく居間に残る俺たちが、テレビに映る台風被害の中継を見ていると、あの森の近くを流れる河の映像が映し出された。

なんだろう、この映像のイヤな感じは? 河の水位が危険水位だから? そういう事ではなく、一瞬映し出されたあの森に、言葉で言いあらわせない何かを感じたからだ。


感じたモノは、当然なのだが良い感じのモノでは無い。


言い知れない何かを感じた俺は、迷ったあげく直感に従い、あの森にあるやしろの様子を見に行くことにした。


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