第296話 天気

苺とキーコには、しっかり服を着てもらい、台所へ行き食事の用意を始めたが、まあ予想通り苺に台所を追い出された。


【殿方が台所に入ってはいけません。】そんな古風な建て前で、ていよく台所を追い出され、俺はじゃれるカワウソを居間で遊んでやっている。

そこに桃代が帰って来ると俺の隣に座り、ユリと桜子も座卓の向こう側に座って、梅さんだけは台所に行き苺の手伝いを始めた。


桃代が帰ってきたところで、キーコはお盆にお茶を乗せて、みんなに配る。


隣に座った桃代の顔は、少し難しそうな表情を浮かべている。

何か仕事上でトラブルでもあったのだろうか? それとも、自覚は無いが、何か俺がやってしまったのだろうか?


もしも、俺が原因ならば、さっさと理由を言え! じらすな!

しかし、それは俺の杞憂のようで、桃代は龍神に季節外れの台風の相談を始めた。


「龍神様、いま来ている台風の所為せいで、明日の夜から明後日の朝にかけて、この辺りで線状降水帯が発生するみたいなんですが、土石流や山崩れ、鉄砲水が発生しないように用心してもらえますか?」

「線状降水帯? あ~アレか~あげな激しい雨は、昔は降らんかったのに、最近は変な降り方をするのう。まあ、ワシがおるかぎり大丈夫じゃ」


「なんだ桃代、雨の心配をしてたのか。ここには、水の神様の龍神と苺も居るんだから問題ないだろう」

「そうね、わたしもそう思う。だけど、数年前に市内で土石流が発生して大変だったでしょう。我が家は山の中腹にあるんだから、もしも土石流が発生して、わたしの王墓が流されたら、紋ちゃんが作り直さないといけなくなるんだよ」


「なんで俺なんだよ。あんなモノどうでもいいわ。そんなので深刻そうな顔をするな。そもそも、線状降水帯なんて本当に発生するのか?」

「紋ちゃんは分かってないのね。今の天気予報はコンピュータのシミュレーションで正確だよ。昔のように気象庁の運動会が雨で中止になる、なんて無いのよ」


「それも、どうでもいいわ。余計な情報をぶち込むな。って、ちょっと待てくれる。この辺に線状降水帯が発生するという事は、あの森はどうなんだ? ここから少し距離はあるけど、近くにある河が氾濫すると、せっかく設置したやしろが流される可能性があるぜ」

「まぁ、線状降水帯が発生する地域を天気予報図で見る限り、あそこもモロかぶりだね」


「あのやしろが祟りの原因かも知れないって、桃代も言ったのに、なんでそんなに呑気のんきなんだよ」

「どうなのかしら? やしろと祟りの因果関係は証明されてないからね、まだなんとも言えないよ」


他の奴らには聞かれぬように、桃代の髪をかき上げて耳元に顔を寄せると、俺は龍神から聞いた、苺からみずちの気配が消えた事を伝える。

くすぐったいのかも知れないが、桃代は頭をかたむけ肩をすくめ、モジモジしながら聞いていた。


真面目な話を伝えているのに、変な行動を取るな! 変な声を上げるな! みんなが変な目で俺を睨むだろう。


「紋次郎君、言いたくないけど、そういうのは寝室でやって。わたしとユリさんに見せつけないでよ・・・って、ちょっと待って、何それ? 紋次郎君の足元にいる、その動物はなんなの。ネコ、ではないよね、可愛い。ねぇ、ねぇ、ちょっと抱っこさせてよ!」

「あっ! 本当だ何かいる。ねぇ紋次郎君、それって人気のコツメカワウソではないの? 買ったんですか? ペットショップに売ってたの? わたしにも抱かせて!」


「やめておけ。というかダメだ。ユリと桜子に抱かせて、ブン投げられたら可哀想だからな」

「何それ、どういう意味なの。まるで、わたしとユリさんが動物虐待をするみたいな言い方。ちょっと失礼じゃない」


「そうですよ、桜子さんの言う通りですよ。まして、こんなに可愛いのに、投げる訳ないでしょう。ねっ、お願い紋次郎君、ちょっとでいいから抱っこさせて」

「ふ~ぅ、まあ、いいだろう。その代わり、コイツをブン投げたり、俺に文句を言うとゲンコツだからな」


桜子は必ず文句を言う、ユリは必ず気味悪がる。

ブン投げたりはしないと思うが、絶対に放り投げる。

俺は何時いつでも受け止められるようカワウソを手渡すと、ユリが抱き締め、桜子は頭を撫で始めた。


「ちなみにな、そいつはペットショップで買ったのではない。コツメカワウソでもない。おそらく昔から日本に居たはずだ。変なヤツだけど手荒に扱うなよ」

「もう、紋次郎君のウソつき。日本に居るカワウソは、四国のカツオのたたき県で目撃されたのを最後に、2012年に絶滅種に指定されたんだよ」


「よく知ってるなユリ。カワウソが好きなのか?」

「ええそうですよ。以前テレビで見たコツメカワウソが可愛くて、買ってくれるよう父さんに頼んだんですが、どこにも売ってませんでした」


「だからな、コツメカワウソではないって、言ってるだろう。少しは俺の言うことを聞け」

「じゃあなに、紋次郎君はこの子が絶滅した日本カワウソだって言い張るの?」


「あ~もう、面倒くさいな。なんで桜子まで俺に食って掛かる。ほら、もう返せ。抱かせるの少しだけの約束だろう」

「え~もう少しだけお願い。ねぇ紋次郎君、この子の名前はなんて言うの? まだ決めてないのなら、わたしに決めさせて」


「あ~~名前な、そういえば、まだ決めてなかったな。その前に、ねぇ桃代さん、コイツは悪いヤツではないからね、ウチで一緒に暮らしてもいい?」

「そうね、それも決めないとね。まぁ、龍神様が居るし、苺とキーコも大丈夫って言ってるからね、良しとしましょう。ところで、あなたは何者なの?」


「・・・それが思い出せなくて・・・わたしは何者なんでしょう?」


桃代は良いヤツだからな、俺の願いを聞いてくれると思っていた。

だがな、ユリから返してもらう前に、カワウソに話し掛けるな・・・・・。


当然、驚いた桜子は、撫でていた手を、目にもとまらぬ速さで引っ込めると、ユリは俺に向かってカワウソを放り投げる。


まあ、予想通りの結果なので、俺はしっかりキャッチする。

これでユリへのゲンコツは確定した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る