第295話 手遅れ

龍神は川の広い場所で、円を描くようにグルグル泳ぎカワウソを探しているようだ。

あまり同じ所をグルグルしていると、そのうちバターになるぜ。


龍神がバターになる訳ないのは、理解している。


ただ、小学校1年生の頃に早く家に帰りたくない俺は、毎日放課後は児童館へ行き、

そこで読んだ絵本に出てくるトラを思い出し、バターを使ったホットケーキが食べたくなる。

そんな俺は相変わらずのバカだと思う。


結局カワウソは、滝の下にある龍神のに続く洞穴に入り、水から出たところで自分で捕まえた魚を食べていたそうだ。

なかなかアグレッシブなヤツ・・・俺はそういうヤツが嫌いじゃない。


「なんだカワウソ、自分で捕まえた魚を食べてたのか。どうだ、ここの魚は旨かったか?」

「はい、ここの川魚は臭味がなくて美味しいです。紋次郎君、良い所に連れて来て頂いてありがとうございます」


「いいかカワウソ、俺はおまえが気に入った。好きな時にここで遊んでいいからな。ただし、あまり遠くに行って迷子になるな、ちゃんと帰ってこいよ」

「ありがとう紋次郎君。紋次郎君が用意してくれた寝床がありますから、ちゃんと帰ります」


さて、心配事の苺とみずちに関しては、龍神の助言で少し落ち着き、言い方は悪いが苺の寿命が尽きるまで様子を見るしかない。

次の心配事、というか面倒事は、このカワウソをどうやって桃代に認めさせるかだ。

出来れば、コイツを我が家の一員にしてやりたい。


俺に懐いているから? そんな理由だけではない。

誰とも言葉を交わせない汚れた池にひとりぼっち・・・さすがにカワウソ、ではなくかわいそうだからな。


楽しげに俺の足元でたわむれる、カワウソを踏みつけないよう母屋に戻り、中に入ると、外出した後は風呂場で手足を洗うようカワウソに言って聞かせる。

廊下がカワウソの足跡だらけだと、俺が桃代に怒られるからな。


こういう時に、人の言葉を理解してくれるバイリンガルのカワウソは、なんて便利な存在なんだろう。

世界初の動物語の通訳としてデビューをさせると、ふふふ、儲かるかも知れない。

などと、欲深い好奇心の所為せいか、出来もしない事が頭をよぎる。


カワウソの手足を洗い、良く拭いたあとで居間に行くと、そこには誰も居なかった。

?? なんだ? ユリと桜子はどうでもいいが、桃代はまだ仕事が終わらないのか?

あれ? キーコと苺は何処どこに居る? そろそろ用意を始めないと夕食が遅くなるぜ。


俺が用意をしてもいいのだが、キーコを除き他の奴らはみんな嫌がる。

まあ、桃代が作る料理は美味しいからな、それは仕方がないと思う。

だが、龍神にまで【味覚バカ】と言われると腹が立つ。それを言うのなら、味覚バカのおやつをくすねるなよな。


そういう訳で、俺は食事の用意をしない。イヤ、させてもらえない。

食事の用意をしてもらう為に、カワウソの世話をするよう龍神に頼み、俺はキーコと苺を呼びに行く。


おそらく二人とも自分の部屋に居るはずだ。

キーコは午前中に出来なかった勉強をする為に、苺は趣味の裁縫をする為に、部屋にこもっているはずだ。


まずは居間から近いキーコの部屋に行き、何時いつものようにノックをした後でドアを開ける。

すると、そこには、勝負下着を身に着けた、下着姿のキーコと苺が立っていた。


「おっと、着替え中だったのか、すまない。覗くつもりではなかった、それは信じてくれ」

「あのですね紋次郎さん。あなた、返事を聞かずにドアを開けたらノックの意味がないでしょう。それとわたしとキーコさんの下着姿を見たくせに、何か言う事はないのですか」


「そうだな、ごめん。寒くなって来たからな、上に何か着ないと風邪ひくぜ」

「なるほど、これが桜子さんから聞いた、紋次郎さんの案山子かかし反応。せめてキーコさんに何か言ってあげなさい」


「そうだな、よく似合ってるぜキーコ。苺、おまえも似合ってる。希望が叶ってよかったな。だがな、その姿を桃代に見せるなよ。変な対抗心を燃やして何をするか分からないからな」


下着姿のキーコと苺を見た事を桃代に知られると、非常に具合が悪い。

アイツは、誰かれなしに無差別でヤキモチを焼くからな。

しかし、水着姿は何度か見てるのに、どうして下着姿だとヤキモチを焼くのだろう?


ビキニの水着なんて隠している面積が下着と変わらないと思う。

つまり、水着姿も下着姿も大差のない同じようなモノだと思うのは、男の俺だけなのだろうか?


まあいい、これで苺を呼びに行かなくてもよくなった。


おまけ


キーコです。

あたしは紋次郎兄ちゃんが買ってくれた、勝負下着が似合っていると褒められて、少し恥ずかしかったけど、うれしかった。


だけど、桃代姉さんの変な対抗心に関しては、もう手遅れなのを知っている。

何かアドバイスをしてあげたいけど、あたしのアドバイスなんて、何も役に立たないのも知っている。


このあとで、何があっても頑張ってねモンちゃん。


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