第286話 無駄な気遣い

御神体をどうするか何も結論が出ないまま、寝不足状態の俺は、机に顔を伏せた状態で考え続け、そのまま眠ったような気がする。

それなのに目を覚ますと、ちゃんとベッドで眠っていた。


あれ、何時いつの間に? それともただの記憶違い? もしかして桃代がここまで運んでくれたのか? もしも、桃代だとしたら後でお礼を言わないと・・・・コイツは変なところもあるが、俺に対しては優しくて良い女だからな。


感謝をしながら、桃代の枕になっている俺の腕をそっと引き抜くと、血の巡りが良くなったおかげで、指先がジンジンと痺れ、爪がもも色になっている。


???・・・なぜ爪がもも色に? 桃代の頭の下にあった所為せい? いや違う、これはマニキュアだ。

桃代のヤツ、俺が寝ている隙に、もも色のマニキュアを爪に塗っていやがる。

しかもモモマークの形でだ。


イタズラというよりも、自分の所有物にモモマークを書く、何時いつものマーキングなのだろう、幼い頃と何も変わってない。

こんな訳のわからないヤツを、良い女だと思う俺は、心の底から桃代に支配されている気がする。


日課を済ませて母屋へ戻ると、マーキングをした本人にマニキュアをがしてもらい、これに関しては何も言わない。

言えば、訳のわからない言い訳をされ、所有物扱いをされるからだ。


朝の用事も終わり、やしろと大工道具を車のトランクに積み込むと、いよいよ森に向かって車を走らせる。

ここから移動に約一時間かかる。

そのかんは、苺に寿命の事を忘れて楽しんで貰えれば、それでいい。


「いいか二人とも、俺と龍神が社の設置をするあいだに、店で何を買うのか決めておけ。ただ、キーコは知ってると思うが、かなり癖のある店主だから、苺は気を付けろ」

「わかりました、しっかり決めておきます。なにせ、心強いアドバイザーが二人も居ますから、紋次郎さんにお手間は掛けません」


「うん、そうだな、二人も居るな・・・なあ、どうして桃代さんは助手席に居るの? あなたが付いて来ると、ユリと桜子は困るんじゃないの?」

「えへへ、ちょっと【御手洗いに行って来る】って、抜け出しちゃった。あとで謝っておくよ。だけど、急ぎの仕事は昨日の内に片付けたから、わたしが居なくても大丈夫だよ」


「そうですか。桃代さんが大丈夫でも、ユリと桜子は大丈夫ではないと思いますよ。ついでに、八つ当たりをされる俺も大丈夫ではないですぜ」

「それも大丈夫よ。もしも、八つ当たりをされたら、わたしが慰めてあげるからね。右と左、どっちのオッパイで慰めて欲しい?」


「いいですか桃代さん、キーコと苺が居るのに、みっともないことを言わないでくださいね。オイラはあなたの胸に慰められた事は一度もないですぜ」

「もう、ノリが悪いなぁ。紋ちゃんと出掛けるのは久し振りなんだから、道中は楽しまないと。そうだよね、キーコも苺もそう思うよね」


「いいな~桃代姉さんは大きな胸で。あたしの胸はまだ小さいから、紋次郎兄ちゃんを慰められない」

「まぁ、紋次郎さんは大きな乳房がお好きなようですね、意外と子供ぽっいですわ。ちなみに、わたくしも大きいですよ」


「ほらみろ、桃代の所為せいで、キーコと苺まで訳のわからない事を言い出した。いいか二人とも、その話を続けると、桃代が変になるからやめてくれ。あとな苺、乳房とか言うな! なんか生々しく聞こえる」


桃代が居るのは知ってはいたが、見て見ぬ振りをしていた。

ユリと桜子には申し訳ないと思うが、桃代が居てくれると、いろいろ心強いからだ。


桃代のおかげで、俺の沈んだ気持ちを苺とキーコに見抜かれる事なく、あの場所まで無事にやって来られた。

前回来た時と同じ野原の同じ場所に車を止めると、ここからは別行動をする事にした。


キーコと苺は桃代に任せ、やしろを持つと俺は森の入り口に向かう。

重たい大工道具は、姿を消した龍神に運んでもらい、誰も居ない畦道あぜみちをヘビに気を付けながら歩いて行くが、足取りが重たい気がする。


本来の姿は俺の苦手なヘビなのに、短いけれど約半年、一緒に暮らした所為せいで、苺に対して情が湧いたのかも知れない。

そんな苺の為に、まずは取り憑いたみずちをどうにかして鎮めないと・・・・。


その為には御神体が必要だ。

新しいやしろの設置をした後で、古いやしろの残骸を探してみようと思う。

【もしも残骸が見つかれば、その中、もしくはその近くに、御神体がある可能性があるからね。】そんな助言を桃代に貰っていた。


「そういう事だから、龍神も古いやしろを探すのを手伝ってくれるか?」

「そりゃあええけど・・・あのな紋ちゃん、ワシはみずちが住んどった淵、今は血洗い池じゃけど、そこを見てみたいんじゃ」


「・・・・それは構わないけど、なんで? まさか! 生き延びたみずちが居る可能性があるのか?」

「イヤ、その可能性は無い。もしも、生きとるみずちがおればワシにはわかる。ワシだけじゃのうて、苺やキーコにもわかる。なにせ、強烈な気配がするからのう」


「そうか、それなら安心だ。なあ龍神、ちょっと教えてくれ。みずちってどんな風貌ふうぼうなんだ? やっぱり毒々しい模様とかがあるのか?」

「どうじゃったかな? 大昔のことじゃけぇ、ワシも覚えとらんのじゃ。ただ、変なヤツでのう、足が四本あるんじゃ」


「足が四本? それって、二本は手じゃないの? だとしたら、大蛇だいじゃじゃなくて大トカゲだな」

「イヤ、それが足なんじゃ。上半身を起こし、下半身にある四本の足で走るんじゃ。ワシは初めてその走り方を見た時に、【エリマキトカゲか!】って、ツッコんだんじゃ」


「おい龍神! ビーバーやラッコを知らない当時のおまえが、なんでエリマキトカゲを知ってんだ、適当な事ばかり言ってると信用を無くすぜ」

「がはは、まあ、エリマキトカゲは冗談じゃけど、足が四本あるのは本当じゃ。そのくせ走ると遅いけぇ、ワシは何時いつもバカにしとった」


「なあ龍神、みずちって、本当に友達だったの? おまえが一方的に、そう思ってるだけで、ず~ちゃんはおまえのことが嫌いだったんじゃないの?」

「も~っ、紋ちゃんはすぐに意地悪を言うのう。ワシはず~ちゃんを何時いつもパシリにして、可愛がっとったのに」


バカにしてパシリにしたら、相当嫌われてたと思うのは俺だけかぁ?

みずちのことで、龍神に気を遣うのはもうやめよう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る