第282話 進歩

自ら墓穴を掘ると、そこに埋葬されそうな俺を救出してくれたのは、当然だけど桃代だった。

桃代は立ち上がると、【髪を結い直すわよ】っと、キーコを俺たちの寝室に連れて行き、俺は墓穴から抜け出した。


これでなんとか持ちこたえられる。


キーコに不安そうな目で見詰められると、俺は壊れたロボットのようにぎくしゃくとして、そのうち誤魔化しきれずにボロを出す。

一度ボロを出すと、そのボロをユリたちに追及され、次々にボロがあかるみになる。

その結果、俺はボロボロのロボになる。


などと、訳のわからない事を考えていると、苺と梅さんが食事の用意を再開し、なんとかこの場をしのげた。


食事が終ると桃代を始め、ユリと桜子ははなれにある議長室に行き、何時いつも通り仕事を始め、桃代に髪を結い直してもらった後のキーコは、不安そうな顔がやわらいでいた。


何を言われてさとされたのか、聞いてみたいところだが、ボロが出るので今は聞けない。

無事に終わったあとで、【あの時は?】っと聞かれたら、その時初めて話せばいい。


キーコが勉強をする為に自分の部屋に入った後で、苺に声を掛け母屋を出ると、もも神社までの山道を一緒に歩き出した。


この季節、山頂までの山道は、黄色や赤に色づく葉っぱのおかげで、景色が凄くきれいなのだが、俺は落ち葉のようにせた色の気分になっていた。


暗い気持ちにならないように、山頂までの山道を苺を連れて歩いて行くが、よくよく考えれば、苺と二人で出掛けるのは初めてのこと・・・色んな意味で緊張する。


ちなみに龍神は先に行き、神社のそばに隠れていると言っていた。

しかし、アイツのことだ、絶対に苺に見つかると思う。


苺は色とりどりな山の景色に感激し、機嫌良く山道を歩きながら、いろいろ話を振ってくるが、俺はみずちのことで頭が一杯になり、ズレた返事ばかりしていた。


どうやって水神の事を聞き出せばいい? どうやって苺に憑いたみずちを取り祓う?

開き直って、やるだけやる。そう決めたはずなのに悩み続け、苺に余計な心配をさせたかも知れない。


歩き続け、そのうち山頂に着くと、苺は広場を見て回り、この辺に水脈がありますと教えてくれる。

すげ~~ッ、見て回るだけで水脈の場所がわかるんだ。

できれば、金脈も見つけてほしいと思うのは、俺の欲深い好奇心の所為せいだろう。


さて、水脈は見つけた。これで母屋に戻られたら苺を誘った意味が無い。

引き留めようと無い知恵を絞る俺に、苺の方から話し掛けてきた。


「では紋次郎さん、本題に入りましょうか。どうして、わたくしをここに連れて来たのですか?」

「へっ? あれ? イヤだな~苺さん、言ったじゃないですか、井戸の相談だって」


「はい、それは聞きました。しかしですね、この程度のことは龍神さんに聞けばすぐにわかります。あのかたは龍なんですから、わたしなんかより遥かに高い能力を持っております」

「あのな~ 昨日あれだけクソミソに罵ってたくせに。おまえの所為せいで、俺は龍神に恨まれて、聞き辛くなったんだよ」


「あら、ごめんなさい。それでは、あとで龍神さんにも謝っておきます。では用事は済みましたので、母屋に戻りますか?」

「うぐっ、え~っとですね苺さん。ちょっとお話をしませんか? キーコが懐いてる苺さんと、一度じっくり話してみたかったんです」


「そうですか。説得力のないお誘いですが、紋次郎さんのお誘いなので、わたくしは断りません。立ったまま話すのは疲れますので、あちら、神社の階段に座って話しましょうか。龍神さんも隠れて居るようですから」

「えっ、龍神が隠れてる? そうなの? 苺さんは隠れている龍神が見えるの?」


「そうですね、何の為に隠れているのか、その行動はよくわからないですが、紋次郎さんが買ってくれたメガネのおかげで、その姿はよくわかります」

「ちッ、あのヤロウ、がさつな事をしやがって・・・おい、出てこい龍神。姿が見えてるってよ」


「なんじゃい、もうバレたんか。仕方がないのう、紋ちゃんがそわそわした態度を取るけぇ、すぐバレるんじゃ」

「また俺の所為せいにしようとする。神社の前で進歩のない言動を取ると、あまちゃんが降臨してくるぜ」


「げッ、それはマズい。では紋次郎君、そちらの苺さんと話をするそうですね。わたくしは、ここで見守っております」

「キモい! なんだその変な標準語は、舌を噛んで、また匂いがわからなくなると思い込むぜ」


「うっ、それもマズい。やっぱりご飯ゆうのは味だけじゃのうて、匂いも大切じゃけぇ、匂いがわからんのは困るのう」

「だからな、鼻で匂いを嗅げばいいだろう。おまえはあの日から、何も進歩をしてないな」


「そうは言うがのう、あの日は結局グラタンが食べれんかった。ワシの時間は、あの日から止まったままなんじゃ」

「あっ、そうだな、結局食べてないな。もう、早く言えよな。今日こそ桃代にグラタンを作ってもらおうぜ。当然ティラミスも一緒にな」


「か~っ、やっぱり紋次郎はワシの味方じゃのう。ワシは桃代さんが怖いけぇ、紋ちゃんが頼んでな」

「任せろ。【ももちゃんお願い】って言えば一発だからな。今夜はグラタンだぜ」


「あなた達、またその話で盛り上がるつもりなら、わたしは帰りますよ。どうぞ好きなだけグラタン談義を続けてください!」

「あっと!・・・すみません苺さん。オイラも龍神もバカなモノで、つい楽しい事を優先してしまいました。勘弁してください」


「もういいです、早くしてください」


何も進歩をしてないのは、俺も龍神と同じだった。

桃代の為に、キーコの為に、俺は真剣に苺と話をする事にした。


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