第281話 こういう時は

これからの行動を悟られないように、俺は無我の境地に入ることにした。

何かを喋ればボロが出るし、何かを考えれば顔に出る。

俺は自分で思うより、遥か先に居るバカなのかも知れない。


ただし、決めておかないといけない事がある。

どうやって、苺をもも神社まで連れて行き、どうやって、水神の事を聞き出すかだ。

何かもっともらしい理由で呼び出さないと、苺に警戒される。

苺に警戒されると、みずちにも警戒されるかも知れない。


居間の定位置に座る俺は、食事が出るまでのあいだ、目をつむり座禅を組んで考える。

もちろん、座禅の組み方なんてよく知らない。


しかし、バカな考え休むに似たり、愚か者が考えても妙案なんて浮かばない。それを地で行く俺に、妙案なんて浮かぶはずもなく、自分のバカを再認識するだけだった。


まあ、何時いつものことだ。開き直って、やるだけやってみよう。


結局何も決められずに目を開けると、座卓を挟んだ向こう側では、みんなが口に手を当てて何かに耐えていた。


「な、なんだ、なんでみんなして俺をジッと見る? なんだ、その顔は? どういう意味だ桃代」

「だって、紋ちゃんったら、突然眉毛が上下したり、口元がピクピクしたり、眉間にシワが入ったかと思うとニヤけてみたり、もう可笑おかしくて、何を考えてたの?」


「うそ! 顔に出てた? オイラ、無我の境地に入り、さとりを開いたつもりだったんですが・・・」

「無我の境地に入るなんて、紋ちゃんには無理に決まってるでしょう。それこそ、ちょっと考えればわかるでしょう」


何時いつも【よく考えろ】って俺に言うくせに、もういい! 笑いたかったら好きに笑えばいいだろう。何時いつか見返してや・・・キーコ、おまえまで・・・」

「ごめんなさい。だけど、もう可笑おかしくて可笑おかしくて、紋次郎兄ちゃんと一緒に居ると、毎日が本当に楽しい。ありがとうねモンちゃん」


「いや~ 突然、紋次郎君が顔面神経麻痺になったかと、わたしは思いました。ねぇ、ユリさん」

「そ、そうね、まぁ、桜子さんの言いたい事はわかるけど、あまり言うと、また昨日のように怒られるわよ。それで、どうしたの紋次郎君? 何か悩み事?」


「もういいから、さっさと朝めしにしようぜ。あっ、そうだ、苺、おまえにちょっと相談がある。あとで時間を取ってくれるか?」

「へっ? なんですか急に? まあ、紋次郎さんの相談であれば、わたくしは当然聞きますけど・・・なにか、ワザとらしい誘い方ですね。もしかして、勝負下着を買いに連れて行ってくれるのですか?」


阿呆あほう、車で1時間もかけて、不愉快になる店にわざわざ行けるか! えっと、アレだ・・・もも神社のそばに井戸があれば便利だろう。だから、そのことを相談しようと思っただけです」

「そうですか、まあいいですよ。ただ、龍神さんもそうですが、昨日から妙にわたくしに絡みますね、夜中に部屋を覗いたりして。部屋を見たければ、何時いつでも声を掛けてくださいね」


「えっと、苺さん、気付いてたんですか? オイラは、やましい気持ちで覗いた訳ではないですぜ。ほら、森に行ったでしょう、異変があればマズいと思いまして」

「そうなんですか? それでしたら、ノックくらいはしてくださいね。もしも、着替えの途中でしたら、困るのは紋次郎さんですよ」


「はい、すみません。今後は気を付けます」

「むむむ、むむっ、なんじゃいそれは! ワシの時はあんなにキツう責めたくせに、なんで紋次郎の時はそれで済ますんじゃ! 納得いかん!」


「いいですか龍神さん。あなたが覗こうとしたのはトイレ。紋次郎さんは部屋、同列で考えないでくださいね」

「覗きじゃないって言うたのに。もうええ! 紋次郎、あんたの所為せいじゃけぇね」


「なんかよくわからんけど、すまん龍神。この件が無事に済めば、おまえにも安いおやつを買ってやるから、そろそろ許してくれよ」

「なんで安いヤツ限定なんじゃ。せめてアポロチョコくらいはうてくれんと、ワシの腹の虫が収まらん」


「ちょっと待ってください紋次郎さん。いま、【この件が無事に済めば】と言いましたが、森の件は一旦解決済みではないのですか?」

「へっ? あっ! えっと、もちろん解決済みですぜ。イヤだな~苺さん、ちょっとした言い間違いですぜ」


何か喋れば喋るほど墓穴を掘る気がする。

それが証拠に、キーコの顔が不安そうな表情に変わった。


マズいぞ、このままだと、一度は誤魔化されてくれたキーコが、不安にかられ午前中の勉強を投げ出して、俺を尾行する可能性がある。


お願い桃代さん、頼りにしてますから、なんとかして。


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