第280話 カマ

祟りを起こすほど強い恨みをかかえたみずちに、夜中のうちに苺が取って代わられる。

その結果、みずちが毒を撒き散らし、ここに居る全員が寝坊する・・・ではなく、毒殺されている。

そんな最悪な状況が頭をよぎり、その日の俺は、なかなか寝付けなかった。


桃代の頭が重たくて、腕が痺れているからではない・・・と思いたい。


寝付いても心配事の所為せいで、眠りの浅い俺は夜中に何度も目を覚まし、不安に耐えきれずに桃代の頭の下から腕を引き抜くと、念の為に母屋の中を見て回ることにした。


音を立てないように母屋を見て回るが、特に変わった様子は見られない。

ただ、仏間の襖のすき間からは、龍神の鱗のネオンが漏れている。

アイツ、自分で苺の監視をするって言ったくせに、なんだよそれ?


俺は一番気になる苺の様子を見る事にした。

もちろん、やましい気持ちからではない。まずは、足音を殺して廊下を静かに歩く。


苺の部屋は、本人の希望で和室なのだが、襖と襖の隙間から明かりが漏れてるのを見つけた。

なんだ? こんな夜中に苺は何をしている? ヘビだから夜行性なだけか? 


何時いつもなら、明かりが点いていようが気にする事は無いのだが、状況が状況だけに、部屋の中を確認させてもらう。


敷居しきいには蝋でも塗ってあるのだろう、音を立てる事なく、摩擦の抵抗を感じる事なく、スッと静かに開いた。

僅かなすき間から中を覗くと、後ろ姿しか見えないが、苺は正座をしたまま背筋を伸ばし、針仕事をしているように見える。

コイツは本当に裁縫が好きだな。


でも、何を作っているのだろう? これから寒くなるからな、手袋でも編んでいるのか?

この情景を見た俺の頭の中で、【母さんが夜なべをして手袋編んでくれた♪】そんな歌詞が流れ始めた。


しかし、テーブルの上にあるのは毛糸ではなく、革のようなビニールのような材料が並んでいる。

んん? あれで何を作るんだ?・・・まさか! ユリの離島で一度は諦めさせたボンテージ衣装?


【母さんが夜なべをしてボンテージ衣装を作ってくれた♪】もしも、ボンテージ衣装なら、そんな母さんはイヤだ・・・母さんじゃなくて、苺だけど。


何を作っているのか聞きたいところだが、聞くことは出来ない。

聞けば龍神と同じように、覗き魔として糾弾されるからだ。


趣味に打ち込んでいるのであれば、今のところ心配はない。俺は寝室に戻り寝直すことにした。

桃代を起こさぬように静かにベッドに寝転ぶが、桃代は大きな目を開き、ジッと俺を見ている・・・ちょっと怖い。

無視する事は叶わず、素直に腕を差し出すと、桃代は頭を乗せて再び眠りについた。


翌日、目を覚ますと、みずちではなく寝不足に祟られて腕だけでなく身体全体がヘロヘロだった。


それでも、何時いつものように日課を済ませ、山道をくだっていると、恥ずかしそうにもじもじしているキーコに、思わぬ事を頼まれた。


「ねぇ、紋次郎兄ちゃん。昨日買ってくれた下着なんだけど・・・あとで身に着けたところを見てくれる?」

「・・・はぁ? なんだ突然、ビックリするだろう。いいですかキーコさん、そういうのはオイラではなく桃代さんに頼んでください。てか、男の俺に下着姿を見せようとするな」


「だぁって、昨日お風呂に入ってる時に、苺さんに教えてもらったよ。【勝負下着は男の人に見てもらう物ですよ】って。だからね、【紋次郎さんに見てもらいなさい】って、苺さんに言われたよ」

「あのばばヘビ! こんな状況なのに、余計な事だけはキッチリしやがって・・・いいですかキーコさん、あれは好きな男に見てもらう物だから、俺に見せる物ではないですぜ」


「好きな男の人だったら、モンちゃんで問題ないでしょう。それに、お店で欲しい物を選べって紋次郎兄ちゃんが言った時に、【似合うかどうか確認してね】って、あたしは聞いたよね?」

「うぐっ、そうですね、聞かれましたね。でもあれは、ほら、服とかスカートのたぐいで、下着という意味ではなかったんだよ」


「う~ん、どうしてもダメ? 本当はね、紋次郎兄ちゃんに見てもらいたかったの。そうしたら、【可愛い】って誉めてくれるでしょう。だけど、それどころじゃないようだから、今日は諦めるね・・・ねぇ、モンちゃん教えて。昨日から少し変だけど、何があったの?」

「へっ? いや、何も無いですぜ。俺が変なのは何時いつものことだろう。キーコさん、妙なカマをかけるのはやめてよね」


「あのね、カマをかけたんじゃあないの。今ね、モンちゃんが言った事なの。こんな状況ってなんなの? どんな状況なの? 苺さんが関係してる事だよね」

「あぐっ、えっと、なんだっけ、ほら・・・キーコ、最近は一段と可愛くなったな。オイラ、もうドキドキですぜ」


「も~う、誤魔化し方が下手過ぎるでしょう。だけど、【可愛い】って言ってくれたから、今回は誤魔化されてあげる。でも無茶はしないでね。モンちゃんに何かあれば、あたしは追いかけるからね」

「あははは・・・はい、無茶はしません。あお兵衛べえの代わりとして、オイラはキーコさんの花嫁姿が見たいですから」


キーコの追及に、俺は訳のわからない言葉で誤魔化した。

俺がバカだからか? それともキーコが鋭いのか? 少しの言葉尻をとらえられて、全てがバレそうになった。


それにしても、桃代につづきキーコまで、一体全体何処どこに追いかけて来るんだ?

その時の俺は、何処どこに居るんだ?


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