第259話 死蝋

龍神に連れられてしばらく移動すると、前方にある少しひらけた場所に、落ち葉にまみれた真っ白な何かが倒れているのを、俺は見つけた。


なんだアレは? ヘビの姿の苺ではない。何故なぜなら人の形に見えるからだ。

では、人間か? それもおかしい、人間はあんなに白くなれない。

もしかすると全ての血液が流れ出た所為せいで、あんなに白く見えるのか? だとしても、まわりに流れた血の跡や、切り傷なんかが見当たらない。


じゃあ、マネキンや人形のたぐいか? それもおかしい、あんなに生々しい作り物は見た事がない。


まさか! 蝋化ろうかした人間か? 俺は、蝋化ろうかした人間を見た事が無いのでわからない。

仮に蝋化ろうかしているのなら、苺ではない。

蝋化ろうかするには、それなりの時間が掛かるはずだからだ。


気味の悪さを強く感じた俺は、龍神に止まってもらい背中から下りると、少しずつ、ちょっとずつ近付く。

今は風が止まっている所為せいか、ここまで死臭は届かない。

蝋化ろうかは、遺体が腐敗をせずに、体の脂肪が蝋化や石鹸化、もしくはチーズ化した、ミイラと同じ永久死体と記憶している。


死臭がしないだけかも知れない。


ただ、アレがチーズ化した遺体ならば、しばらく俺はグラタンが食べられなくなる。

近付いて確認するが、うつ伏せで倒れているそれは、余りに異質で恐怖の対象でしかなかった。


どうしよう? また見つけちゃった? 

いやいや、俺が見つけたのではない。今回は龍神に連れられて来ただけだ。

俺が呼ばれた訳ではない。


それよりも、コイツは誰なんだ? 見た感じ若い女のように見える。

可哀想に、身包みをがされて、こんな薄気味悪い場所に、こんな状態で寂しく捨てられる、だなんて。

警察に連絡を入れたいが、スマホは圏外・・・連絡も出来ない。


俺は遺体に手を合わせて冥福を祈ると、リュックの中から線香を取り出し、一本そこに供える。

遺体の発見を警察に連絡するのは、苺を見つけてからにしよう。


中途半端な供養を済ませ、苺の匂いがある場所へ移動するよう龍神に頼むと、ヤツは顔をしかめた。


「なんか、関係の無い死体を見つけたけど、このほとけさんの連絡は後にしよう。それよりも苺を優先した方が良いな」

「あのな~紋ちゃん。あんたは何を言うとるんじゃ。苺なら目の前におるじゃろうが。おいッ苺! あんたもそろそろ死んだフリはやめんさい」


「へっ? 苺って? この蝋化ろうかした死体が苺なのか? えっ、ちょっと待って。死んだフリって、なんなの?」

「ええか紋次郎。ヘビは死んだフリが出来るんじゃ。まして、苺は狡猾な婆ヘビじゃ。白ヘビの色だけ残して人の姿に化けとるんじゃ」


「えっ、じゃあ、こいつは生きてる苺なの? 死んでないの? 俺は明日からもグラタンが食べられるの?」

「はぁ? なんじゃぁ、それは? なんでグラタンが出て来るんじゃ? まあええ、今日の晩御飯はグラタンにしてもらおう。チーズたっぷりでな」


「おっ、いいね~ キツネ色に焼き上がったチーズを、パンの上に乗せて食べても旨いよな」

「そうそう、さすがは紋ちゃん。ワシと好みがおんなじじゃ。早う帰って桃代さんに作ってもらおう」


「おっ、いいね~ 桃代の作るグラタンは絶品だからな。ついでに食後に食べるティラミスも、一緒に作ってもらおうぜ」

「か~~ さすがは紋ちゃん。ワシも、丁度ティラミスが食べたかったんじゃ」


「ふ~~ あなた達って、わたしが危険な目に遭って死んだフリをしてるのに、よく晩御飯の話で盛り上がれるわね。もう少し、心配してくれても良いでしょう」

「へっ?・・・・あ、あのね、苺さん。そういうつもりでは無いですぜ。俺も龍神も心配してましたぜ」


「あ~~ッ! 何をやってるんですか龍神さん! あなたッ、わたしの下着をツノに引っ掛けて、それの何処どこが心配してたんですかッ! そんな変態チックな事をして、桃代さんに言い付けてやりますよ!」

「ほへっ? ワシ? あ~~ッ、紋次郎あんたッ! 何をしてくれとるんじゃッ! これじゃあ、戦利品に喜ぶ下着泥棒みたいじゃろう!」


「いいから二人とも落ち着け。苺は早く服を着ろ。元はと言えば、脱ぎ散らかした苺の責任だ。俺たちは拾って届けただけなのに、非難される覚えはないぞ」

「うっ、確かにその通りです。下手に握りしめられて、紋次郎さんの体温がほのかに残る、暖かい下着を身にまといたくないですからね」


「生々しい表現をするな。それよりどういう事だ? いや、先にこの森を出た方が良いな。嫌な感じが強くなって来た」

「そうですね、ここはマズいです。紋次郎さんと龍神さんが来てくれて、助かりましたわ。急いでここから出ましょう。今すぐ服を着ますので、二人とも見ないでくださいね」


「何を今更。見られるのがイヤじゃったら、乳をブルンブルンさせて文句を言う前にさっさと着んさい・・・って、紋ちゃんが言うとりました」

「あっ、テメエ! また俺に責任転嫁をしやがって。いいから苺は早く着ろ」


俺と龍神はなんとか苺を発見し、無事も確認できた。

あとは、この森を抜け出せば、任務完了だ。


苺がどういう経緯けいいでこうなったのかは、母屋に戻って問えばいい。

それよりも、暗くなる前にこの森を抜けださないと、悠長にしてる場合では無い。


暗くなるとヘビが出る。


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