第253話 迂闊

ユリの話を聞いた翌日だった。

午前中を勉強時間に充てているキーコは、早朝に俺と一緒に山頂の広場に行くと、塚の手入れと神社の掃除をこなし、食事を済ませた後で、何やら難しそうな本を読んでいる。

俺は相変わらず、龍神の面倒を見ながらバカなやり取りをしている。


そんな、何時いつもと変わらない時間を過ごしていたが、今日は何時いつもと違うランチタイムになった。


ちなみに、朝食と夕食は、みんなが順番で作っているそうだ。

ただ、昼食だけは議長室で仕事をしている桃代とユリ、それから桜子の為に、梅さんが作る事になっている。

もちろん、梅さんの労力に対して、給与は支払われている。


引き続き、俺は料理をさせてもらえない。

キーコは喜んで食べてくれるが、他の奴らはゆで卵とカップラーメンを出すと、嫌な顔をする。


リモートでは出来ない仕事だそうで、桃代とユリ、それから苺を入れた三人は、真貝の関連会社の人間が迎えに来ると、車で出掛けたそうで、何時いつもと違うのは、その三人が居ないからだ。


食事をしながら桜子が説明をしてくれたが、【秘書のおまえは一緒に行かなくていいのか?】それは聞かないでおいた。

ユリとの実力差を自認して、ヤケ酒でも飲まれると、絡まれて鬱陶しいからだ。


「そうか、珍しく桃代は出掛けたのか。桃代が出向くという事は、かなり大きな案件なんだな」

「うん、議長の桃代姉さんが直々出向く、大きな仕事なんだけど・・・ほら、苺さんも一緒に出掛けたでしょう、という事は、そういう何かが絡んでる案件だと思うの。だから、少し不安なの」


「ふ~ん、それで桜子は行かなかったんだ。おまえはビビりだから、その方が賢明だな。なあ龍神、おまえから見た苺って、何かを祓う力とか持ってるの?」

「どうじゃろ? 白ヘビは青大将が白化して、色が抜けたやつじゃけぇ、他にも色々抜けとるかもしれんね」


「答えになってないぜ龍神。抜けてるとか言ってると、俺に八つ当たりをするからやめろよな」

「チッ、最近の紋ちゃんは冷たいのう。何時いつもワシに文句を言うけど、ワシの事が嫌いになったんか?」


「あのな~龍神。毎日デッキブラシでおまえを磨いて、腕がパンパンになってる俺に、よく冷たいとか言えるな。明日からかんなで磨いてやろうか?」

「あっと、それは勘弁してつかあさい。ワシはまだ削り節になりとうない。ちゅうか、生きとるワシにかんなをかけるって、紋ちゃんは鬼畜か?」


「じゃあ、聞かれた事にちゃんと答えろよ。おまえがそうやってとぼけるから、俺が桃代に怒られるんだぜ」

「はい、すみませんでした。紋ちゃんとバカ話をするのが楽しいモノでとぼけてみました。まあ、ワシが見たところ、今の苺に大した力は無い。人の姿に化けるのに能力を全振りしとるけぇねぇ」


「それって、不味くないのか? もしも、本当にヤバい何かが居ると、苺だけでなくユリと桃代にも、危害が及ぶ可能性があるってことだろう」

「まあ、あれでも苺は水神の遣いとして、何百年も生きとる婆ヘビじゃ。歳を食うとる分、狡猾な知恵も回るけぇ大丈夫じゃろう」


「アレだな、この中で一番年上なのに、知恵が回らないおまえが言っても、説得力が無いな」

「おい紋次郎ッ、なんじゃいその言い方は! ワシが毎日どれだけ知恵を絞っとるか知らんくせに、ちょっと酷うないか?」


「そうだな、すまん、少し言い過ぎた。ちなみに毎日どんな知恵を絞ってる? 今日も買い置きのおやつが無くなってたけど、おやつを盗む為だったらかんなをかけるぜ」

「うっ、もうバレとる。えっと・・・あっと、そうそう、おそらく何かを祓う力は、苺よりキーコの方がけとると、ワシは思うで」


「誤魔化すな。でも、その意見は気になるな。龍神が妙な事を言ってるけど、キーコはどう思う?」

「へっ、あたし? あたしはよくわからないよ。だけど、ここに居る誰かが危ない目に遭いそうになったら、あたしは鬼になる・・・って、もともと鬼だけど」


「そうか、キーコは良い子だな。でも、俺と龍神が居るから大丈夫だ。だから、変な義務感を持つな」

「あのね~ッ、紋次郎君が居るから、キーコちゃんは不安なんでしょう。何時いつも変な事に巻き込まれて、妙なモノに取り憑かれるのは、あんたでしょッ!」


「梅さん、桜子があんな言い方をして、オイラを非難してますが、あれはセーフなんですか?」

「ごめんなさいね紋次郎さん。今日は桜子の嫌いなおかずのフルコースにしますから、許してやってください」


「うっ、また婆ちゃんに裏切られた。ちっくしょ~ッ、紋次郎のヤツ!」

「だから、それをやめろって。ほら、おまえのスマホが鳴ってるぜ。業務連絡ではないのか?」


「あっ、本当だ。ごめん紋次郎君、ちょっと席を外すね」

「ねぇ、紋次郎兄ちゃん。本当に、桃代姉さん達は大丈夫なの? あたしは妙な胸騒ぎがするんだけど」


「なんじゃい、キーコは心配なんか? ワシと紋ちゃんがおるけぇ、何が起きても大丈夫じゃ。胸騒ぎはアレじゃろう、最近のキーコはオッパイが大きくなってきたけぇ、ムズムズするだけじゃろう」


バカなヤツ。

俺も此処ここのところ、キーコの胸が膨らんできたと思っていたが、セクハラ発言になるので気を付けていた。

それなのに、そのことをズバリと口にした龍神は、頬を赤くしたキーコに、布団叩きでシバかれていた。


うん。俺も迂闊な事を言わないように気を付けないと、あんなに強くシバかれたら、ミミズ腫れになる。


龍神の余計な一言で、わやくちゃになる何時いつもの光景は、通話の為に席を外していた桜子が戻り、その困った表情で深刻な光景に変わり始めた。


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