紋次郎 激闘編

第252話 秋

季節は秋に変わった。

キーコと苺以外のおにじゃが出る事もなく、何事もない平和な日々を、俺は過ごしていた。

もちろん平和と言っても、あの面子だ、こまかいいざこざは、しょっちゅう起こる。


龍神が俺をおちょくると、それに桜子が便乗し、調子に乗ったユリが加わり、たまに苺も加わる。

最後は収拾がつかなくなって、桃代に怒られるか、キーコに注意をされてシュンとなる。

それを定期的に繰り返す。


反省しない奴らだが、俺も同じ事を繰り返すので、あまり非難は出来ない。


キーコに関しては、俺の独断で引き取った以上、桃代に迷惑を掛けないつもりでいたが、何せ女の子だ、桃代に頼らざるを得ない。


桃代はキーコと交換日記なんかもしている。

何が書いてあるのか気になるところだが、内容について聞いた事は一度もない。


二人とも仲は良いみたいだ。

桃代が何かをすると、キーコは必ず手伝いをして、色々教わっている。

もちろん、梅さんや他の人達の手伝いもしっかりとした上で、エジプト料理が気に入ったのだろう、桃代が料理をする時はあれこれ色々聞いている。


桃代は料理上手だからな、それはいい。

ただ、掃除だけは、桃代に教わらないでほしい。

ヤツの作業部屋? それとも工作部屋? とにかく、キーコの部屋まで訳のわからない、乱雑な部屋になるのは勘弁してもらいたい。


あとは、あまり桃代と仲良くなると、知らぬ間に、訳のわからない書類に拇印を押さされ、死後はミイラになるので、注意をして貰いたい。


今日は、そんな二人が仲良く買い物に行ったようだが、戻ってきたキーコの姿を見て、俺は愕然とした。

何故なぜツノを隠してない? どうして素で出歩いている?

商店街のおばちゃんに【可愛いツノの髪飾りね】っと、褒められたらしくキーコは喜んでいた。


ネコ耳のアクセサリーと、同類と思われたのだろう。

まあ、あれが本物のツノだとは、誰も疑わないとは思うが、それでも注意をするように桃代に苦言を呈すると、【わたしが居るから大丈夫だよ。】そんな何も根拠のない返事をされた。


その日の夜に寝室で、外の世界で何かあった時に、【上手く立ち回る為よ。】

そんな言い訳を追加でされたが・・・本当かぁ? ただ単に忘れただけじゃないの? 問い詰めたいところだが、キーコの事で世話になっているので、桃代には強く出れない。


そんな感じで、今日も穏やかな時間を過ごし、何時ものように皆で食卓を囲み、普通に夕食が終わる。

しかし、食卓に龍神が居る時点で普通ではないのに、それすら疑問に思わない俺は、色々とマヒしているようだ。


食事の片付けが終わり、何時いつものようにのんびりしていると、今日はユリが妙な事を喋り始めた。


「そうそう紋次郎君、聞いて下さいよ。先週の日曜日に高校時代の同窓会があって、わたしが島に戻った時の話なんですが、実家の葬儀社を継いだ同級生が、変な事を言い出したんですよ」

「葬儀社? ユリ、その話を続けるな。俺は続きを聞くつもりがない」


「え~~折角仕入れた面白い話なのに。桜子さんに聞かせたら、紋次郎君が喜ぶって言うから、わざわざ教えてあげるのに」

「桜子が? じゃあ、尚更聞きたくない」


「何その言い方? 紋次郎君って、ホント嫌な言い方をするよね。それだとわたしが悪いみたいじゃない。キーコちゃんの悪影響になるからやめてよね」

「うるさいぞ桜子。おまえの存在の方が、キーコに悪影響を与えるから、黙ってろ」


「はいはい、もうっ、紋ちゃんと桜子はすぐに言い争いを始める。それこそキーコの悪影響になるから、二人共おとなしくしなさい。それで、紋ちゃんが喜ぶ話って何なのユリ」

「はい、その同級生がれい柩車きゅうしゃを運転した時の話なんです。その日は、カラッと晴れた夏の暑い日でした。火葬場に向かう途中で、助手席にいる位牌を持った喪主さんが、【今日はい天気ですね】って、話し掛けてきたそうです」


あれ? 俺は聞きたくないって言ったのに、なんでユリは普通に話を続けるの?

・・・桃代の命令は絶対だからだ。


「喪主さんの言葉に、同級生は困ったそうです。いとか、続くやかさなる、そういう言葉は葬儀の時は適切ではなく、どう切り返せばいいのか焦ったそうです。まして運転中です、返事に気を取られて道を間違うのも困ります。遺体を乗せたれい柩車きゅうしゃは、道に迷ったりバックをしてはイケないそうですから」

「あ~~っ、そうね、縁起を担ぐ日本人は多いからね。でも、それの何処どこが紋ちゃんの喜ぶ話なの?」


「これからですよ桃代さん。困った同級生は、愛想笑いで誤魔化そうと喪主さんを見たそうです。そうしたら、喪主さんは滝のような汗を流して、気持ちの悪そうな顔をしていたそうです」

「アレだろう。田舎なんだから、昔の宮型みやがたれい柩車きゅうしゃで冷房の効きが悪かっただけだろう。しかも、夏の暑い日に喪服を着てるわけだ、気持ちが悪くなっても仕方がないと思うぜ」


「そうよ、紋次郎君の言う通り、同級生もそう思ったらしいの。でも、冷房の効きが悪くて、荷台にある遺体の腐敗が進むと困るでしょう。だから、後ろにある覗き窓から、棺桶の様子を見ようとしたの。そしたら喪主さんが腕を掴んで【見ないでください。】って、言われたんだって」

「そりゃあ、運転中に後ろを見たら不味いだろう。事故ったらどうすんだ?」


「ほら、霊柩車の運転は物凄く気を遣うらしいから、その辺は気を付けてるらしいよ。それでね、結局覗き窓は見なかったんだけど、喪主さんを見た時に視界に入ったの、覗き窓のガラスの奥に、前に居る二人をジッと見てる、灰色の顔をした男の人が居たんだって」

「あの~ユリさん。それって、まだ死んでなかったっていうオチですか? それとも生きたまま火葬されたオチですか?」


「違うのよ桜子さん。同級生は火葬場に到着した時に確認したそうよ。荷台には誰も居なくて、遺体は出棺した時と同じ状態で棺桶の中に居たの。一応は脈を取って呼吸も確認したけど、やっぱり死んでたの」

「うわ~っ、怖い。わたしだったら、そんな職場はすぐに辞めちゃいます」


「わたしだってそうよ桜子さん。でも、その同級生は実家だから辞められないんだって。それで、今日はこんな事があったって父親に話をしたらしいの。そうしたら、【その程度の事はよくある事だから慣れろ】って、言われたんだって」

「うわ~っ、よくあるって言うところが最悪ですね。まして、そんなの絶対に慣れないですよ。でも、そのガラス越しに見てた人は、死んだ人だったんですかね?」


「そこなのよ。同級生の子は、ハッキリ見てないから分からないって言うのよね。紋次郎君ならわかります?」

「そうだな、ユリの今の話を聞いてわからないのは、それを聞いて、どうして俺が喜ぶと思ったか? だよな」


「へっ? だって、紋次郎君はホラー系の話が好きなんですよね? しかも実話ですよ」

「確かに俺はオカルト系は好きだけど、身近なホラー話は好きではない。しかも実話なんて、二度とその手の話をするな。怖いだろう」


「ちぇ、紋次郎君を驚かそうと思ったのに残念だわ。まぁ、いいです。それから、わたしの住んでる場所を見たいって母さんが言うもので、安定期に入った事だし、【挨拶に来てもいいか紋次郎君に聞いてくれ】って、頼まれたんですけど、来てもいいですか?」

「椿さんが? 別に構わないけど、それは桃代の頼め、俺には関係ない・・・って、ちょっと待て、安定期ってなんだ?」


「え~~紋ちゃんは、安定期を知らないの? ほら、妊婦さんの流産のリスクが減る5か月目以降を言うんだよ」

「いいか桃代、俺はそんな事を聞いてるんじゃない。誰が妊婦さんなんだ? まさかと思うけど、あのババア・・・じゃなくて、椿さんが妊娠したのか?」


「そうですけど。いま、わたしの母さんをババアって言いました?」

「イヤ、すまん。つい本音が出た。つか椿さんって何歳いくつだよ?」


「え~っとですね、わたしが生れたのが19歳の時ですから、今は42歳ですね。なんか鬼島ぎじまで見た母さんの水着姿に、父さんが張り切ったらしくて、二人とも中々やるわね」


ユリの怪談話より、椿さんの妊娠の方に俺は驚いた。

それを淡々と話すユリにも、あの悪趣味な水着姿に張り切るバルボッサにも、鬼門家おにかどけの人間って色々怖いわ。


何やら面倒な予感がするので、この件に関して俺はこれ以上何も聞かない事にした。


しかし、別の面倒事が翌日にやって来るとは、この時の俺は思いもしなかった。


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