第243話 青兵衛とキーコ

かめを見た瞬間、キーコは全てを悟ったのだろう。

フラフラと近づき、泥だらけのかめに抱き付くと、大きな声で泣き続けた。


桜子や鬼門家おにかどけの連中も、キーコの泣き声に気付きテントの中から出て来ると、その光景で全てを悟り、一緒に泣いてるように見える。


その姿を見ている俺は、ユリや椿さんに対しては我慢する、バルボッサ! おまえは気色が悪い!

それから、なんかモジモジしてるあお兵衛べえ! おまえも気色が悪い!


しばらくして陽が昇り、やわらかい陽ざしが差し込むと、キーコは泣き止み、泥と涙でぐちゃぐちゃな顔を上げ、俺を見つけて抱き付いてきた。


「モンちゃんありがとう。あのかめの中に母ちゃんがいる。母ちゃんに抱き締められた時と同じ感じがした。ありがとうモンちゃん、母ちゃんを見つけてくれて、本当にありがとう」

「キーコよかったな。ほら、顔を拭いて。でもな、抱き付くのは俺じゃない。お礼を言うのも俺にじゃない。コイツに抱き付いてお礼を言え、キーコの親父のあお兵衛べえだ。あお兵衛べえが俺を呼んだんだ。あお兵衛べえは死んだ後も、茜さんの墓を守り続け、キーコの帰りを待っていた。ついでに狂った侍を討ち取って、みんなの無念も果たしてくれた、良い親父さんだ」


「うそ!父ちゃんまで見つけてくれた・・・もうダメ、こんなに良くしてもらって、あたしが死ぬまでに恩を返せない」

「いいかキーコ、恩なんて感じる必要はない。恩を返すなんて二度と言うな。バカな人間の所為せいでつらい目に遭わせて、すまなかったな」


「・・・なあ、紋次郎、そのバカな人間はキサマの事か? 鬼子きこをつらい目に遭わせたのか?」

「おいあお兵衛べえ! 今の流れでどうしてそうなる。俺をおちょくるつもりなら、おまえのツノだけ捨てて帰るぞ」


「だって、紋次郎だけ鬼子きこに抱き付かれて悔しかったんだよ。わしも鬼子きこにぎゅっとされたい。あと、ツノは捨てんとってね」

「ほらキーコ、あお兵衛べえをぎゅっとしてやれ。あんな恨めしそう顔で見られると腹が立つ!」


「もうっ! 父ちゃんはダメでしょう。紋次郎君のおかげで・・・あたしも・・父ちゃんも・また会えた・・・父ちゃん会いたかったよ~~」


キーコは感激のあまり言葉に詰まり、またも大粒の涙を流しながら、あお兵衛べえに抱き付く為に駆けだした。

あお兵衛べえは両腕を広げキーコを抱き締める・・・ ・・・そのつもりだったのだろう。

だが、やはりというか、当然というか、キーコはあお兵衛べえをすり抜けると、その後ろに居る苺に体当たりをした。


「あ~あ、やっぱりこうなった。あお兵衛べえ! おまえは実体が無いんだろう。キーコを抱き締めるなんて出来ねぇじゃん」

「うっ、そうだった。忘れてた。お願い紋ちゃんッ、なんとかして」


阿呆あほうッ、俺にそんな力がある訳ねぇだろう。なあ龍神、それから苺、おまえ達の力でなんとか出来ない?」

「お任せください紋次郎さん。キーコさんに迷惑を掛けた、わたくしがなんとかします。あお兵衛べえさん、あなたのイチモツ・・ではなくて、ツノをお借りします」


「このハンカチに包んでいるのは父ちゃんのツノなの? でも、イチモツって、なんですか苺さん」

「おいッ苺! テメエは俺を散々非難したくせに、キーコの前でそれは許される言い間違いなのかッ」


「ぐッ、淑女のわたくしがトンデモないミスを・・・ごめんなさいキーコさん、今の言葉は忘れてください。もうッ、紋次郎さんのバカが移った所為せいですよ!」

「ねぇ苺、あなたにはまだ邪気が残っているの? ちょっとあり得ないよね、キーコを前にしての、その言い間違いは」


「ぐッ、桃代さんにまで・・・龍神さん、わたくしはもうダメかもしれません」

「何を言うとるんじゃ。初めて会った時から、苺はダメだったじゃろう。それより早うなんとかせんかい。このバカたれが」


俺の所為せいかも知れないが、俺は責任を取るつもりはない。

苺は目に涙を溜めながら、ツノをあお兵衛べえの頭にかざして何かを唱える。

するとあお兵衛べえの身体が実体化した。

それを見届けると、苺は後ろを向き、キーコとは別の意味の涙を流している。


あお兵衛べえはキーコに抱き付かれ、自分も力の限り抱き締めたかったのだろう。

しかし、キーコの痩せた身体を考慮して我慢していた。

偉いぞあお兵衛べえ


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