第230話 黒

いよいよ日付が変わった。

準備は万全に済ませてある。


出発をする前に、百合に伝えておきたい事があるので、キーコを連れて仏間に行くと、おりんを鳴らす。

チ~ンっと、1回鳴らしてみたが百合は出て来ない。


まだ、成仏はしてないはずなのに・・・コイツもかッ、なんて面倒くさいヤツなんだ! 仕方なく、俺は4回の意味を考えながら、おりんを鳴らす。


チンチンチンチン、4回鳴らすと、やっと百合は出て来た。


「もう、紋ちゃんったら、わたしの事が、【だ・い・す・き】なのね」

「いいか百合、おまえの墓石を便所のタワシで磨かれたくなかったら、黙れ!」


「あうっ、すみません、誰にも告白される事なく死んだもので・・・それで、どうしたの? こんな夜中に」

「これからキーコの望みをかなえに行く。これが終われば、おまえも来世で告白されるから楽しみにしていろ。それと、おまえの兄貴の件だ。キーコが閉じ込められた件とおまえの兄貴は関係ない。兄貴の事を悪く思うのはやめてやれ」


「紋次郎君! そんな事まで調べてくれたの! まさか、死んだ後でこんなに優しくされるなんて、ありがとう」

「お礼はキーコに言え。キーコが素直で良い子だから、俺は手を貸しただけだ」


「ありがとうキーコ。生きてる時は、わたしの友達になってくれて、死んでからは、わたしのわだかまりをいてくれた。あなたは最高の友達よ」

「百合、違うの、あなたが居てくれたから、あたしは人間嫌いにならずに済んだの。モンちゃんと出会えたのも、あなたが居たからなの。あたしの方こそ友達になってくれて、ありがとうね」


「よし、そろそろ行くぞ。百合はキーコの願いが叶うように、仏壇の中で念仏でも唱えていろ」

「念仏を唱えろって、幽霊のわたしが? 何か違うような気がするけど・・・でも、キーコの為に祈ってる」


「それでいい、無事に帰って来たら、今度は俺とキーコで、おまえをしあわせな気持ちで送ってやる」

「もう、紋ちゃんったら、わたしはもう死んでるのに女殺しね。でも、ありがとう、期待して待ってる。キーコも頑張ってね」


百合に兄貴の事を伝えると、無事に帰る約束をして俺とキーコは縁側から外に出る。

辺りは闇に包まれている。


街灯の少ないこの辺りは、月が雲に隠れると、本当に真っ暗になり信じられないほど星がよく見える。


いま俺は黒いシャツを着て、黒いデニムを穿いている。

キーコも黒いシャツを着て、黒いスカートを穿き、黒いタイツも穿いている。

全身黒づくめと言うほどではないが、これならば、かなり目立たないと思う。


俺とキーコの姿を見た桜子は、【今日の紋次郎君はイカスミ味のバリウムだね】そんな感想を言っていた。

どうしてバリウムにこだわる? おまえはバリウムを何か別のモノと、勘違いをしてないか?

更に龍神は、【喪服みたいじゃ!】っと、茶化した為に、二人ともカラのペットボトルで、桃代に頭をシバかれていた。


ここに来る前と同じ、進歩をしない奴ら。


それで済めば良かったのに、調子に乗ったユリまで、黒い頭巾を持って来て、【これを被れば顔も隠せます。ねずみ小僧、もん次郎じろきちです】そんな提案をドヤ顔でした為に、中身の入ったペットボトルで、桃代に頭をシバかれていた。


こいつも進歩をしない阿呆あほうだと思う。


みんなの励ましと見送りを受けて、俺とキーコは黒い服装で鬼門おにかどの家を後にする。

浜辺までは桃代の他に、桜子とユリも一緒に送ってくれた。


「紋ちゃんもキーコも気を付けるのよ。いい、何かあればすぐに連絡をするように、何もなくても定期的に連絡を入れなさい」

「はい桃代様。気を付けて行ってきます。母ちゃんの遺骨が見つかるように、頑張ります」


「あのねキーコ、今から行くのに、こんな事を言うのはアレだけど、遺骨に関しては、見つかる可能性があるだけで絶対ではないの。気負わないで、気持ちの整理をつける、そんなつもりで行きなさい」

「えへへ、ごめんなさい。本当はあたしもわかってます。なので、島に戻って気持ちをスッキリさせてきます」


「いいか、桃代は不安になる言い方をするな。キーコは行く前から悲観的になるな。俺と龍神は、なんとかする気なのに、本人が諦め気味でどうする」

「ええかキーコ、紋ちゃんはこげなバカじゃけど、たまには頼りになる。バカを信じてやりんさい。いざとなったらワシもおるけぇのう」


「おい龍神ッ、それはフォローのつもりか? そもそも、なんでおまえまで俺をバカ呼ばわりする? 確かに俺はバカだけど、元爬虫類のおまえに、バカ扱いをされると腹立つぜ」

「けッ! 何が元爬虫類じゃ! 大蛇おろちが爬虫類じゃって、どこの図鑑に載っとるんじゃ。あ~~そうか、紋ちゃんはバカじゃけェ、図鑑を見た事がないんじゃな」


「てめえッ、この野郎! 調子に乗ってるようだな。いいぜ、この件が片付いたら、龍神は頼りになる良いヤツですって、あまちゃんに進言して、おまえを追い出してやるからな!」

「あっと、そいつは困る。ワシは紋ちゃんと別れたくないんじゃ。死ぬまで一緒に居たいんじゃ」


「また始まった。紋ちゃんも龍神様もいい加減にしなさい。キーコが置いてきぼりになってるでしょう。ほら、さっさと用意して、キーコはこのクッションを敷いてお尻を守りなさい。あとは落ちないように気を付けなさい」

「はい、ありがとう桃代様。それからモンちゃん、あと龍神様も、弱気になってごめんなさい」


キーコの弱気を吹き飛ばす為に、俺と龍神はワザとおちゃらけた・・・訳ではない。

このヤロウ、いつか中身の入った一升瓶で、頭を殴ってやるからな。


一升瓶の中身は、もちろん日本酒だ。


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