第220話 苺

むかし、キーコが流れ着き、俺が介抱されていた砂浜、そこから鬼門おにかどの家までは、そう遠くない。


たいした時間を掛けることなく、誰にも会うこともなく到着し、門を越えて庭に廻ると、先に到着していた水着姿の桃代にユリと桜子がまとわりついていた。


後ろに居る、水神のつかいを無視するな。


キーコだけは水神のつかいに挨拶をしていたが、俺を見つけて駆け寄ってきた。


「お帰りなさい紋次郎君・・・って、どうしたの、こんなにずぶ濡れで? 桃代様も水着姿だし、本当に海で人魚姫ごっこでもしてたの?」

「あのなキーコ、いろいろあったんだよ。でも、まあ、無事に解決したと思うから、キーコの願いをかなえる打ち合わせをしよう」


「うん、ありがとう。だけど、その前にちょっと頭を見せて。ほらここ、血が出てる。もう、どうして怪我をするのよ、怪我をしたらダメって言ったじゃない」

「ごめんなキーコ、これに関しては桃代にも怒られた。だから、これ以上俺を責めるな」


「しょうがないなぁ。桃代様に叱られたんなら、これ以上言うのは可哀想だよね。でも、お薬を付けないといけないから、先にお風呂に入った方がいい。モンちゃんの髪の毛から潮の香りがするよ」

「そうだな、着替えもしないといけないからな。桃代、おまえはその子を連れて先に風呂に入れ。その子の着替えはユリと桜子に頼むんだな」


「う~ん、紋ちゃんと一緒に入ろうと思っていたのに・・・でも、仕方がないわね。ユリと桜子は大急ぎで、この子の着る物を買って来てくれる。この子の紹介はあとでするから。行くわよ、早く身体からだを洗わないと海水の所為せいで塩が浮いて来ちゃう」

「はい、お風呂ってよくわからないですけど、わたしもきれいな水で身体からだを洗いたいです」


井戸の中に居た水神の遣い、コイツにもキーコと同じように、社会生活を教えないといけない。

まあ、そこは桃代に任せる事にして、俺は縁側に座り名前を考える。


どうしよう、誰かの名前なんて考えた事がない、どう決めればいいのかわからない。

悩む俺に、隣に座っているキーコが心配そうに声をかけてきた。


「モンちゃん、どうしたの? うんうん言ってるけど、頭の傷が痛むの? それとも何か悩み事?」

「傷は問題ないから心配するな。あのなキーコ、いま桃代と一緒に風呂に入っているヤツがいるだろう、あれが今回の黒幕で水神の遣いだったんだけど、アイツに【名前を付けてくれ】って言われて、どうしたらいいのかなって、悩んでるところだ」


「えっ! あのきれいな人は、水神様の遣いなの? あの人が今回の黒幕ってどういう事なの?」

「そうだよな、それの説明も必要だよな。それはみんなが揃ってするから、ちょっと待ってくれ。それよりもキーコ、何か良い名前はないか?」


「う~ん、名前は頼まれたモンちゃんが考えてあげないと。あたしのキコって名前は母ちゃんが付けてくれたから、とっても大切。それから、モンちゃんにキーコって呼ばれるのは、とっても大好き。モンちゃんが呼びやすい名前を付けてあげると喜ぶと思うよ」

「そういうモノか? じゃあ、呼びやすいように【シロ】なんてどうだ?」


「んっ、ん、おかしい、おかしいでしょう。あのきれいな人を、何処どこかの飼い犬みたいに、それはおかしいでしょう」

「でもな~ アイツの正体は、俺が嫌いなヘビなんだぜ。水神の遣いの白ヘビだからシロ、別におかしくないだろう」


「あ~~だから、だからモンちゃんらしくない決め方なんだ。なんにしろ、その名前はダメだよ。どういう経緯いきさつで名前を決めるのか、それは知らないけど、あの人はモンちゃんと仲良くしたがっている。だから、あの人にも桃代様や桜子さんのように植物系の名前にしてあげたらどうなの」

「キーコ、おまえってホント大人だなぁ。じゃあ、元がヘビだからヘビイチゴとかはどうだ?」


「モンちゃん、本気で言ってるの? それだったら、苺さんだけでいいじゃない。なんでヘビを付けて、自分がダメージを受ける言い方にする必要があるの?」

「あっ、そうだよな。苺だけでいいよな。いいぞキーコ、おまえは最高の妹分だ。これからも俺のバカをおぎなってくれ」


「モンちゃんって変な人。でも、頼りにされてうれしい。こちらこそ、これからも仲良くしてね」


キーコのおかげで名前が決まり、俺の気持ちはかなり楽になった。

キーコの助言に感謝して和気藹々わきあいあいとしていると、自転車の大きなブレーキ音が聞こえ、門の方からユリと桜子が先を争うように入ってきた。


桃代に大急ぎと言われて、競争をしながら帰ってきたのだろう。

またもやスカートがずり上がり、パンツ丸出しの姿だった。

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