第219話 天敵

この女の人は誰なの? もしかしてアイツなの? 人ではなかったけれど・・・。

状況を考えるとアイツとしか思えないが、黒い部分はなくなり、普通に健康そうな顔色で、切れ長の目をした涼しげな美人の人間だ。


しかも、優しげな口ぶりだ。


この人がヘビの姿になり、俺に巻き付いていたの? もしもそうならば、ヘビの姿に戻れぬように、全身にお経を書いてやろうか?

ダメだ、もしもそんな事をすれば、この人の裸を見たと桃代に責められ、耳を引き千切られるかも知れない。


それから、どうして桃代のワンピースを着ているの?


いやいや、それよりも気になる事を言ってたな。

龍神さんの弟子? 桃代さんの子分? やり直す? 一体なんの事だ? 

この人がアイツなら、ドロンっと変身すればヘビだぞ。


ヘビであることを感じさせないが、この人があの黒い白ヘビなら、本来の白ヘビの姿を見てみたい。

なんて、そんな事は微塵も思わない。

俺はただただこの人の、ヘビの姿がひたすら怖い。

頭の中にはてながいっぱいで、天敵を前に蛙状態の俺の為に、桃代が経緯いきさつを話し始めた。


「あのね、紋ちゃんがヘビを苦手にしてるのは、よく理解をしてるよ。だけど、このまま井戸に帰す訳にはいかないでしょう。だからね、わたしと龍神様でちゃんと面倒を見るから我慢してくれる」

「誤魔化すな! この人はあの白ヘビなんだろう。ヘビは俺の天敵なのに、おまえは連れて帰るつもりなんだろう」


「そうだけど・・・だって仕方がないじゃない。人の姿にれるし、この姿で徘徊されると困るでしょう、彼女だってキーコと同じ被害者なんだよ。紋ちゃんは、このまま誰にも感謝をされないあの古井戸で、この子を一人にするつもりなの?」

「そんなつもりじゃないですよ。だけどヘビなんですよ。オイラ、めちゃめちゃ怖いんですよ」


「いい紋ちゃん、白ヘビはとみの象徴。もしかすると、この先わんさかお宝が手に入るかも知れない」

「ぐっ、そうきたか・・・・じゃあ、桃代の好きにしろッ、俺は知らん。おい、水神の遣い、俺の前でヘビの姿に戻るなよ。そこに居る龍神の所為せいで、俺はヘビが死ぬほど怖い」


「ごめんね紋次郎さん、それは約束します。あと、わたしは水神様のつかいではなくなりました。海に沈んでいく時に、紋次郎さんの頭から出た血が、わたしの口に入り正気に戻りました。ですから、紋次郎さんの遣いになりました。なので、血の契約を交わした紋ちゃんが、わたしの名前を決めてね」

「・・・おい! どういう事だ桃代、コイツはおまえの子分ではないのか? なんで俺の遣いになる? それに血の契約ってなんだ! こいつは悪魔か!」


「それこそ、わたしは知らないわよ。頭に怪我をして血を流した、紋ちゃんの責任でしょう」

「龍神・・・おまえが石をぶつけるから、俺が怪我をしたのに・・・オメエは本当に厄病神だな!」


「また、ワシの所為せいにしようとする。責任転嫁は紋ちゃんの悪い癖じゃ。名前がないと呼びづらいけぇ、早うこの子の名前を決めんさい」

「ぐッ、龍神、テメエ覚えてろよッ。二度と、おやつを分けてやらない」


「もう、みみっちい事を言わないの。ほら、帰るわよ。名前はユリの家に戻ってじっくり考えればいいから」


何も納得できないが桃代が風邪をひくとマズいので、取りあえず鬼門おにかどの家に歩いて帰る。

桃代は水着の上にバスタオルを羽織ると、先頭を歩き、水神の遣いはその後ろを付いて行く。

俺は水神の遣いの存在が怖いので距離をあけ、後ろの方に付いて行く。

すると、荷物を下げた龍神が、小さな声で話し掛けてきた。


「紋ちゃん、もう無茶はせんとってな。あんたが崖から飛び降りた時の桃代さん、ぶち恐かったで。助けた後も、ワシが人工呼吸をしようとしたら凄く怒られて、ガンッて石で殴られて痛かったで」

「おまえが俺に人工呼吸? そりゃあ石で殴られるだろう。俺を喰おうとしてる絵面えづらにしか見えないからな。じゃなくて、おまえが俺に人工呼吸を出来るはずないだろうッ。口の大きさを考えろ!」


「まあ、それは冗談じゃけど、あの水神の遣いはホンマに怒られとった。正気に戻ったんはええけど、服を着てない人型で、紋ちゃんに抱き付いとったけぇ、えらいこと桃代さんに怒られとった」

「あ~そう、それで桃代のワンピースを着てる・・・って、ちょっと待て、服を着てない状態で抱き付いてた?」


「当たり前じゃろう。紋ちゃんは、ヘビが服を着とる姿を見たことがあるんか? ワシは紋ちゃんに、手編みのセーターをプレゼントして貰った事はないで」

「ちょッ、黙れ! なんで俺がおまえに手編みのセーターをプレゼントするんだよ。そうでなくて、桃代はその姿を見たのか?」


「そう言うとるじゃろう。あの時の桃代さん、血の気の引いた顔をして表情は全く変わらんのに、理詰めで水神の遣いに説教をしとった」

「うわ~~それは面倒だな。絶対に後で俺もぐちぐち言われるな。それよりも龍神、水神の遣いの言う血の契約って、どういう契約なんだ」


「あ~あれな、あれは、ただの出任でまかせじゃろう。不思議じゃのう、紋ちゃんはなんで初対面のヤツに、おちょくられるんじゃろう?」

出任でまかせ? それなら良かった。いいか龍神、俺がこうなのは、全ておまえの責任だ。おまえは師匠として、ヘビの姿に戻らないように面倒をみてやれ」


ヤバい面倒事は解決したはずなのに、俺はひたすら気が重い。


水神の遣いだったあの子も、何時いつかは龍神のように龍に進化をするのかな?

龍になれば、龍神と結婚させて、まとめて厄介払いが出来る。


帰り道、俺はそんな事を考えていた。


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