第192話 ユリの料理

気づくと夕焼け空は過ぎ去って、あたりは暗くなっていた。

俺は旅館に帰ろうとするが、ユリの母親と婆さんに引き留められて、逃げられない。


さてさて困ったぞ、この時間だ。このままだと【食事をどうぞ】なんて言われかねない。

多少は慣れてきたとはいえ、精神的にはまだまだ窮屈な鬼門おにかどの家。

それなのに、ユリの母親と婆さんにベタベタされて、好物は何なのか質問をされている。


俺に好き嫌いは無い。

なんでも美味しく食べられる。

しかし、それは俺一人、もしくは馴染んだ人と食べる場合だけで、今回のように不慣れな人が多い場合は妙に気兼ねして、いまいち美味しく食べられない。

そのせいで、他所よその家での食事が苦手だった。


桃代がひと言、【帰る】と言えば助かるのに、考え事に没頭しているので何も言わない。

キーコの為に考えているのだから、桃代の邪魔をしたくない。イヤ、出来ない。

帰る気配を見せない桃代に、ユリは喜び、台所に行くと夕食を作り始めた。


もう終わりだ。さすがにこの状況では断われない。


俺は諦めて桃代の隣に座り直すと、このあとの窮屈な時間を忘れる為に、ノートを見ながら考える。


キーコは悪夢の中で、侍を憎み恨んでいた。

それは当然だと思う、自分の母親を殺されたのだから。

この島にたどり着き、百合と友達になったのも理解が出来る。

キーコは、きっと心細かったのだろう。

そして百合は、キーコにとって良い友達になろうとしたのだろう。


だが、そのあとがわからない。

桃代の話通りなら、ユリの死後、誰がキーコをわざわいと決めつけて石牢に封印したのだろう?

鬼門きもんの位置を考えれば、当時の寺の坊さんが怪しいが、証拠になる資料は見つかってない。


キーコが百合の墓に供えた鬼ユリは、どうして黒くなったんだ? 

かめの中によどんでいた、キーコの怨念の所為せいなのか? だが、それもおかしい、百合を恨む理由が、キーコにはないからだ。

かめをひっくり返したユリと親父に、怨念という呪いが取りいたとしても、それは仕方がないこと。

キーコが意図的に呪ったモノではないのだから。


タイムマシンでもあればなぁ~~過去に戻って真実を見極められるのに・・・でも、まあ、あったとしても無理だよな。

もしも、本当にタイムマシンがあれば、有無を言わせず俺は古代エジプトに連れて行かれる。

そこで、【古代の解明よ】なんて建前を聞きながら、桃代が頭領の墓泥棒の一味になると思うからだ。


俺は、難解な事を考える力がないのか、それとも集中力がないのか、すぐに他所事よそごとを考える。

いろいろ考えている内に食事の用意が出来たようで、ユリが俺と桃代を呼びに来た。


桃代は考えに集中し、ユリの呼び掛けに気付かない。

さすがにすごい集中力だ。

しかし、ユリが作った料理名を聞いた途端、桃代の集中力はあっという間に消え去った。


「今日の料理は、このあいだのおれいを兼ねて、わたしが腕にりを掛けて作りました真鯛のミイラ焼きです。たくさん食べてくださいね」

「・・・・・ミイラ焼き? なあ桃代、おまえは意味がわかるのか? 俺には料理とミイラが結び付かないけど」


「まぁまぁ、お手並み拝見と行きましょう。ユリ、あなたがどうしても御馳走ごちそうしたいっていう料理はそれね。よし、食べてみましょう。ただし、わたしの合格基準は高いわよ」

「期待してください、桃代さんがよろこぶレシピで作りました」


このあいだのおれいなのに、桃代がよろこぶレシピ? ろくでもない気がするのは俺だけではなかった。

桜子と龍神もイヤそうな顔をしている。


ただ、皿に乗せられて運ばれてきた料理は、特段おかしく見えない、よくある塩釜しおがまきというヤツだ。

違いがあるとすれば、全体を覆う塩に、魚の姿の細工をしてあるのではなく、ミイラが包帯を巻いている姿を細工してあるくらいだ。


それくらい如何どうという事はない、普通に食べられそうだった・・・・・桃代がユリに手順を聞くまでは・・・。


「ユリ、これはどういう手順を踏んで作ったの? 説明してみなさい」

「はい、まずは腹部を切り裂き、そこから胃や腸などのはらわたを一つずつき出しました。もちろん心臓だけは体内に残してです。その後で鼻から金属を差し込み、脳をぐちゃぐちゃに砕いて鼻の穴から出しました。あとは腐敗臭がしないように、香草やオイルをたくさん使い、包帯の代わりに塩で包んで、ミイラっぽくして焼いてみました」


「ユリ・・・・・・よくやったわ、合格よ。紋ちゃん、早速食べてみましょう」

「いや、俺は遠慮しておく。ユリの手順を聞いて食欲がなくなった。おい龍神、俺の分もおまえが食べろ」


「う~~イヤじゃ。食うた途端、なんかに呪われそうじゃけぇ、ワシも遠慮しとく」


ミイラ焼きのおかげで、妙な気兼ねもなくなり、ユリの母親と婆さんが作った料理を俺は美味しく頂けた。

ただ、ミイラ焼きは大量に残り、ユリの親父に押し付けられていた。


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