第182話 残念な男

筋肉痛と一緒に目覚めると、布団の中に桃代はすでに居なかった。

桃代は隣の部屋で、座卓の上に文箱ふばこを置いて、一人で昨日の続きをしていた。


ユリと桜子は、無意味な監視を何時いつまで続けていたのだろう? 起きる様子が見られない。

二人とも、俺と桃代の布団の方に身体からだの向きを直角に変えて、匍匐ほふく前進ぜんしんの恰好で、うつ伏せのガニ股姿で眠っている。


この姿、おもいっきりケツをぱたいてやりたいところだが、二人とも裾が乱れて、パンツ丸出しなので、それは出来ない。

パンッといい音がした時点で桃代に気付かれて、ほぼダイレクトにケツに触った事を怒られるからだ。


みっともない姿のユリと桜子を無視して桃代の前に座ると、小さな声で朝の挨拶をした後で、桃代が口をつぐんだ昨日の気分が良くない話について聞いてみた。


「なぁ桃代、昨日の夕食の時に話せなかった、解明した内容を聞かせてくれない」

「んっ、いいわよ。でもその前に、どうだった? 夜中に悪夢の続きを見なかった?」


「うん、大丈夫だった。心配してくれてありがとう。それよりも下品な勘違いをしたユリと桜子の方が、悪夢だったと思う」

「んっ? どういう事なの? そういえばあの二人、どうしてあんな体勢で寝てるのかしら?」


「まあ、聞いても答えてくれないと思うよ・・・恥ずかしくって」

「恥ずかしい? なんの事かわからないけど、まぁいいわ。それでね、百合のふみに関しては、大した事は書かれてなかった。ホオズキと何々を話したとか、何処どこソコに行ったとか、その程度の事しか書かれてなかったよ」


「ふ~ん、じゃあ、何が良くない話なんだ?」

「あのね、ホオズキと知り合って一年も経たない内に、百合は死んじゃったの。まぁ、もともと病を患っていたみたいだから、残念だけどそれは仕方がない」


「そうか、それは良くない話だな。でも、そのあと、もっと良くない話の続きがあるんだろう」

「よく気付いたね。紋ちゃんが賢くなってうれしい。ご褒美に、今夜も一晩中抱き付いてていいよ」


「いや、ユリと桜子の寝不足が続くから、それは遠慮しておく。てか、おまえが俺に抱き付いてたくせに、なんでそれがご褒美なんだよ」

「えへへ、いいでしょう、わたしはうれしかったんだから。それからこれ、文箱ふばこの中に百合以外の誰かが書いた、ふみが一通残っていたの。この内容が良くないの」


「百合以外って、どういう事? 両親とかそういう意味?」

「う~ん、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。今のところわからない。ただ、あきらかに違う人が書いた文字だから」


「それで、その良くない内容って、どんな事が書いてあったんだ?」

「百合が死んだのはわざわい所為せいだって。そのわざわいをもたらしたのが、知らぬ間に島に居着いていた、ホオズキだって」


「またか、台風の災害を大蛇おろち所為せいにした奴らと同じ発想だな。まさか、それで石牢に閉じ込められたのか?」

「うん、おそらくそう。閉鎖的な田舎、しかも離島、まわりは全て顔見知り。そこに見知らぬ子供が突然現れたから、不吉な使いとして怖れられたのではないかしら」


「まだ子供なのに、とことん可哀想かわいそうなヤツ。そうすると、石牢に閉じ込められたホオズキが、怒りと憎しみで、龍神が言うような化け物に変化へんげしたとは考えられない? 俺には普通の子供にしか思えなかったけど・・・」

「まぁ、人が化け物に変化へんげするのは現実では考えられない。ただ、全てを繋げて考えると、ひとつだけ思い当たることが、わたしにはあるの。でも確証がなくて、ユリの家の蔵をもう一度調べてみようと思う」


「ごめんモモ、俺はキーコとの約束があるから手伝えない。よかったら、明日手伝うから、今日は一日のんびりしてくれ」

「んっ、大丈夫だよ。少し見るだけだから。それよりもキーコって誰なの?」


「ほら、昨日会った女の子だ。キコって名前らしいけど、呼びづらいからキーコって呼んでる」

「ふふっ、かわいい名前ね。キーコ、キコかっ・・・楽しませてあげなさい。さてと、わたしは朝の入浴に行くから、紋ちゃんも一緒に行こう」


「そうだな、ジャングル風呂ッ。どんな感じなのかな、ちょっと楽しみだぜ」


・・・・・ガッカリだった。


何がジャングル風呂だよ! 広い浴場に観葉植物の鉢植えが、適度に置いてあるだけじゃないか。

まあ、勝手に期待した、俺がバカだったのかもしれない。

風呂から上がると、ジャングル風呂の感想を桃代に愚痴りながら部屋まで歩いて帰るが、桃代は俺の愚痴を聞きながらニコニコしていた。


部屋に戻ると食事の用意が済んでいて、ユリと桜子も起床して身だしなみを整えていた。

ユリも桜子も恥ずかしそうに下を向いているので、追い打ちは勘弁してやるが、今更手遅れだと言いたい。


食事が終ると、桃代は今日の予定を二人に伝え、桜子は汚れても良いようにジャージに着替えていた。

あずき色に白いラインの入ったジャージ・・・どう見ても、中学か高校の体育で使うジャージだ。

コイツも桃代と一緒で、物持ちが良いようだが、もっと自分の容姿に気を遣え。


キーコと約束の時間までは、まだ余裕があるので、俺は買い物を済ませて桃代たちをユリの家まで送って行く。

その足で、龍神が居るだろうテントのある海岸まで行くと、買って来た食糧を渡す。


「悪いな龍神、こんな所に待機させて。昨日は悪夢を見なかったし、呼ばれる事もなかったから、もう解決すると思う。あと少し辛抱してくれ」

「そりゃあええけど、油断しとったら、いなげなモノがまた取りくけぇ、気を付けんさい」


「わかってるよ。それと桃代がまたユリの家を調べに行った。一応気に掛けてやってくれ」

「あのな、あの家は何もありゃあせん。桃代さんも大丈夫じゃ。あんたが一番マズいのに、紋ちゃんはバカじゃけぇ、そこが理解出来とらんのう」


「昨日何もなければ問題ないって、おまえが言ったんだろう。なんでそんな嫌な言い方をする?」

「じゃけぇ、油断するなって言うとるじゃろ。海には水難事故で死んだ人間も、ようけおる。別の何かが呼ぶ場合もあるじゃろう」


「あっ、そういう意味ね。すまん龍神、気を遣わせた」

「そうそう、素直に謝るのは大切で。そういう事じゃけぇ、次に来る時はアイスを持ってきんさい」


「う、うん、わかった。俺は用事があるから出掛けるけど、調子に乗って見つかるなよ」


キーコとの約束時間が迫ってきたので、俺は龍神の元を後にする。

でも、何かが引っ掛る。

なんだろう? 待ち合わせの場所まで歩きながら考える。


よくよく考えれば、俺ってばパシリにされてないか?


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