第178話 時計の針

ユリがコーヒーをれて、みんなに出した後も、龍神の意見を聞いた桃代は長考していた。

今日一日、俺が無意識に出掛けなければ、今日の夜に、悪夢の続きを見なければ問題ない、そう龍神に言われたのに。


それからすぐに考えが纏まったのか【旅館に帰る】と言い出して、慌てたユリは【今日はこの家に泊まってください】と桃代にお願いを始めた。


二人のやり取りに興味がない俺は黙って部屋を出ると、ユリの母親を階段下に見つけたので、下に降りて鬼門家おにかどけの墓の場所を聞いてみた。


ユリの母親は、一度は不思議そうな顔をして【それならば案内します】と気を遣ってくれる。

しかし、俺は案内を断り、場所だけ教えてもらう。


ユリの部屋からは騒がしい声が聞こえるが、何時いつものように無視してリュックを背負うと、俺は墓参りに出掛ける。


最初は洞穴ほらあなに入って中まで行くと、常備している線香に火を点けて、何に対してだか知らないが、取りあえず手を合わせて何かに対しての冥福を祈る。

あとは百合の墓参りなのだが、さすがは田舎だ、家のすぐそばにお墓はあった。

大小いくつかの墓石があるので、まとめて線香に火を点けると、一本ずつ墓石の前に供える。

よく見ると、小さくて古い墓石の前に、その辺で摘んだと思われる、お花が雑に供えてあった。


墓参りが終わりユリの家に戻ると、桃代と桜子にキツい目つきで睨まれて、またしても俺は手錠をはめられた。


「また手錠か! どういうつもりだ桃代ッ。俺をおちょくるつもりなら覚悟しろ!」

「なに言ってるのッ、どうして勝手に出掛けるの。紋ちゃんは、いま自分がどういう状況なのか、わかってないのッ!」


「え~~ッ、そんなに怒る事ですか? でも、ほら、近くだし、見張りもいるだろう。だから大丈夫かと思いました・・・」

「もうッ、全然わかってない。今日は何処どこにも行けないよう、旅館の部屋に監禁よ。紋ちゃんこそ、覚悟しなさいッ!」


本日二度目の逮捕・・・線香を供えに行っただけなのに、なんでこうなる?

やはり、あの時ユリの母親に、墓地まで案内をしてもらえば良かった。


桃代を先頭にユリと桜子に左右を囲まれて、元気なく項垂うなだれる俺は、罪人のように手錠をはめられて、ひとのない田舎道をとぼとぼと歩く。

ちなみに、今日はユリが梅さんの代わりに旅館に泊まり、梅さんは鬼門おにかどの家に泊まるそうだ。

そんな説明をされても、俺は心底どうでもいい。


ひとがなくて良かった。

連行されるこの姿は、誰にも見られたくないからな。

そう思っていたのに、下校時間なのか、前の方から子供が歩いて来る。

間違いなく勘違いをされる。


子供の想像力はたくましい。

手錠をはめられて若い女に囲まれた俺を見れば、痴漢か下着ドロボウと思うだろう。

屈辱以外のなにものでもない。

いっそのこと脱走し、本物の逃亡者になろうかと思うが、桃代から逃げ切る自信は無い。


そんな情けない姿の俺に、武士の情けなのか、桃代は手錠に上着を掛けて、手元を隠してくれた。


手錠を、外せばいいじゃんッ!


つい文句を言いそうになるが、言えば時計の針が10時10分の眼つきになるので、言えない。

俺は、想像力のたくましい子供に、顔を見られないよう更に項垂うなだれる。

そんな俺の苦悩を知らないで、すれ違う子供が声を掛けてきた。


「モンちゃん、何してんの?」


俺は名前を呼ばれて驚き、顔を上げると、そこには怪訝な顔をしたキーコが立っていた。

何故なぜだ、何故なぜこのタイミングでおまえに見つかる? なんてバツが悪いんだッ!


「モンちゃん・・・もしかして、何か悪い事をして捕まっちゃたの? あっ!この女の人は昨日追いかけて来ていた人! わかった! この女の人のパンツを盗んだのね。なかなかエッチなヒモパンだって言ってたもんね」


このバカたれッ! この場面で、なんてことを言いやがる!


ユリは紐パンを言い当てられて、赤い顔をして下を向いてる。

桜子は意味がわからず、混乱している。


俺は何も喋るなっと、キーコに目で合図を送るが、当然キーコは理解をしてくれない。


あ~~っ、もう終わりだ。桃代の眼つきが11時5分になった。


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