第132話 攻防戦2

俺と桃代は布団を並べて、天井を見ながら話をしている。

電気は消しているが、カーテンの隙間から入る月明かりで、暗闇ではない。


元に戻っただけなのに、この数日間がにぎやかだったので、桃代が寂しさを感じたのだと思い、隣に布団を敷くのを黙認したのが間違いだった。


コイツ! 俺を寝かせないつもりかッ! なんでそんなによく喋るんだ!

線路わきで寝た方が、まだ静かかもしれない。

しかも、返事をしないと頭をシバかれるし、適当な返事や反論をすると、俺の弱いところを突いて来る。

まるで責め苦に遭ってるようだった。


「それでね【紋ちゃんが無茶な事をしとる】って、龍神様がここに呼びに来たんだよ。わたしは観覧車での出来事をやっと自分に納得させて、落ち着いたところだったのに、またムカムカが、ぶり返して来たのよ」

「そうですか、そいつはすみませんでしたね・・・龍神のヤロウ、余計な事をしやがって、もっと蹴ってやればよかったぜ」


「何言ってんの! 龍神様が教えてくれなかったら、本当に破傷風になったかもしれないのに、手が壊死えししたらどうするの? 死ぬ事だってあるんだよ」

「ごめんって、もう何回も謝っただろう。いい加減に許してくれよ、ももよさんはしつこいですよ」


「しつこいって・・・わたしがこんなに心配してあげてるのに、そんな言い方はないでしょう!」

「心配してあげてるって・・・ももよさんこそ、そんな上からの言い方はないでしょう」


「上かぁ・・・そういえば、ずいぶん上まで行ってたね観覧車。さぞかし景色が綺麗だったでしょう」

「うぐっ、ごめんなさい。今後は桃代さん以外と、二度と観覧車には乗りません」


「別にそういう事を言ってる訳ではないの、観覧車くらい好きに乗りなさい。遊園地だって誰と行ってもいい。好きなだけ行って、綺麗なお姉さんに声を掛けてもらいなさい」

「だから行かないって、言ってんだろう! しつこいぞ! 大体おまえ、またボールをぶつけただろう。他人に怪我をさせるなよ」


「だって、それは桃香様を守る為なんだから、仕方がないじゃない」

「だから硬式ボールはやめろって。あいつ等、鼻血を流しながら泣いてたぜ」


「わかったわよッ。今度から柔らかい物を投げるわよ。怪我をさせないように、よく熟した渋柿を投げるわよ」

「うぐっ、ごめんなさい。ももよさん、もう勘弁してください」


こんな感じで、俺は桃代が寝つくまで、ヤツのいびりに耐え続けた。

翌朝、酷い寝不足になっていた。


逆らえないのをいい事に、桃代は寝返りを打ちながら俺の布団に転がり込むと、俺の腕を枕にして抱きついたまま眠り続けたが、その柔らかさも寝不足に拍車をかけた。

ただ、はだけてない。胸を放り出してない。このあたりに、放り出す何か法則があるのかも知れない。


用事のある俺は桃代に起きてもらい、立ち上がるが、腕が思うように動かない。

ばい菌が入り、手が化膿したから?・・・違う。

長時間にわたり、桃代の枕になってたから、だと思う。


バカたれが! 破傷風ではなく、おまえの頭の重量で手が壊死えししそうだ。


血流が元に戻ったおかげで、しばらくすると指先がジンジンする。壊死えしはしてない。

壊死はしてないが、両手とも包帯を巻いている俺は、朝めしを作る事が出来ない。

だけど、卵を茹でる事は出来る。


だが、止められた。【わたしが作るから】と桃代に止められた。

今度はお茶を入れる為に、ケトルに水を入れようとして止められた。

【食事の用意は自分がするから、あっちに行け】と怒られた。


桃代なりの優しさなのだが、昨夜のいびりもあり、俺は素直に喜べない。

それでも桃代は、甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれる。

食事のあとは濡れたタオルで顔を拭いてくれ、歯磨きまで代わりにしようとしてくれる。

それは当然断わるが、断わると、ぶちぶちと文句を言われた。


「桃代さん世話をしてくれてありがとう。でもね、あまり俺を甘やかさないでね」

「なんで? そこは素直に甘えていいのよ。怪我が治ったら、今度はわたしが甘える番なんだから」


「いいですか桃代さん、この際だからはっきりと言います。初めてあなたに会って遊んでもらい、俺はあの時から桃代さんの事が好きになりました。何時いつでも、いくらでも甘えさせてあげます。だから、トイレにまで付いて来ようとすんなッ!」

「うっ、昨日一緒に眠って、やっといっ心太しんたすけになったのに、紋ちゃんが冷たい」


いっ心太しんたすけ?・・・もしかして、それは一心同体の事か? そもそも、勝手に布団に入って、勝手に寝ただけで、どうして一心同体になる」

「だって、一晩中腕枕をしてくれて離れなかったじゃない。わたしは久しぶりに安心して眠る事が出来たんだよ。いったい誰の所為せいで、わたしが不安な夜を過ごしたと思ってるの?」


「桃代さん、あなたは結構グッスリ眠ってましたよね? 俺が夜中抜け出した日の朝も、昨日も大きな胸をさらけ出して、ぐーすか寝てましたよね!」

「見たのね! わたしのみずみずしいオッパイを見たのね! 紋ちゃん、それは犯罪だからね!」


「ここまで会話が噛み合わないのは、ワンルームマンションで話をして以来だな! いやも~懐かしくって、記憶も無くなりそうだぜ」

「えっ! あの頃みたいに、わたしの事がわからなくなるの? わたしの事を忘れてもいいの?」


「バカ、桃代の事は死んでも忘れない。さっき聞き流したようだが、初めて会って遊び相手になってもらい、ずっと桃代が好きだった。それはおまえも忘れるな」

「えへへ、忘れない。紋ちゃんがわたしを好きになったのね。紋ちゃんの方が先に、わたしを好きになったのね」


う~ん、まあ、それはそうなんだが、なんなんだろう? このスッキリしないモヤモヤ感は? 桃代がよからぬ事を考えている気がする。

俺は警戒感を強めて、囲いを作りに行く準備を始めた。


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