第131話 誤魔化し
桃代は俺の手を引きながら、月明かりの中をズンズンと力強く山を
【ももよさん、お願い。もう少しゆっくり歩いてくれない】
そんな言葉が出掛かるが、なかなか声にならない。
相変わらず、黙っている桃代の感情は読めない。
怒っていた
この沈黙に耐えられる訳もなく、俺は勇気を出して桃代に声を掛けた。
「桃代さん、出来ればなんですが、しばらく俺を一人にしてくれない?」
「ダメッ!」
「桃代さん、時間になればちゃんと帰りますから、ねッ、お願い」
「ダメったらダメ! 早く帰って治療をしないと、破傷風菌に感染してたらどうするのッ」
「ちゃんと手を洗いますから。オイラ、ここから滝までの近道を知ってますぜ」
「紋次郎ッ! いい加減にしなさい! 桃香様が居なくなって悲しいのはあなただけじゃない! それなのに、破傷風で紋ちゃんまでいなくなったら、わたしはどうすればいいのッ! 桃香様になんてお詫びをすればいいのッ」
「ごめんモモちゃん、反省してます。残された人の悲しさを桃香に教えられました。これからは、桃香の教えを大切にして無駄にはしない」
「じゃあ、早く帰って治療するわよ。治療が終わるまで、わたしのやる事に口出しをしない。わたしはあなたを桃香様に託されたの」
「託された? もしかして、俺の知らないところで、俺の人権のやり取りをしたの?」
「ぐちゃぐちゃ言わない。紋ちゃんの人権は、幼い頃にわたしのモノになってたの」
言いたい事は腐るほどある。
しかし、桃代の迫力と、桃香を失った喪失感で、俺は口を閉ざした。
母屋に着くと、珍しく桜子の出迎えはなかった。
安全になった事と法事が済んだ事で、婆さんが戻って来るので桜子は迎えに行き、そのまま自分の家に帰り、明日荷物を取りに来るそうだ。
ごめん桃代、広いこの家で一人にさせて、今朝まであんなに騒がしかったのに、急に静かだものな。
だから、山頂の炎に気が付いて、俺を迎えに来てくれたんだな。
俺は着替えを持って脱衣所へ行くと、鏡を見てあきれた。
誰だぁコイツ? きったね~ツラ!
泥と煤で汚れ放題、涙と鼻血の跡で【ムンクの叫び】の背景みたいになっていた。
まあ、鏡に映っている以上は俺なんだが、このツラを見て、桃代はよく愛想が尽きないな?
風呂に入ると、桃代にキツく注意をされたので手をよく洗う。
塚を作っている時は、あまり気にならなかったのに、結構酷い状態だった。
爪はボロボロだし、指先は切り傷だらけだ。
爪の
だが、傷口に入った異物を取り出すのは、かなり痛い。
想像しただけで、キュ~ッと下腹部が痛くなる。
さてさて困ったぞ、このままだと髪の毛も洗えない。
そんな感じで困っているバカな俺の頭が、突然泡を立てて、ワシャワシャと音も立て始めた。
鏡を見ると、桃代が俺の髪の毛にシャンプーを垂らして、洗ってくれていた。
「桃代さん、気を遣ってくれてありがとう。でもね、お願いだから水着を着るか、バスタオルを体に巻いてくれない」
「紋次郎! 治療が終わるまで、わたしのやる事に口出しをするなって言ったよね。口出しすると
「それはやめて頂けると・・・オイラ、お風呂がトラウマになってしまいますぜ」
「じゃあ、文句を言わない! 早くお風呂を出て治療しないといけないでしょう」
「ももよさん、観覧車の中での事を、まだ怒ってます? そこは桃香さんの思い出の為なので、割り切って頂けると、これからも桃代さん一筋ですから」
「もちろん怒っているわよ、だけどそれは勘弁してあげる。でもそのあと、無茶をしたから、また怒っているんでしょう。素手で土を掘るのはかまわない。ただし、怪我をしたらやめなさい。ばい菌が入って【はひふへほ~】って、言い出したらどうするの!」
「ももよさん、あなたは
「紋ちゃん、怒って誤魔化そうとしてもダメだよ。その程度でわたしを誤魔化すのは無理だよ」
「おまえが先に言い出したんだろう! 俺は誤魔化すつもりはないッ。だからねモモちゃん、これからもバカを言い合って仲良くしていこう」
「ほら、それ、そうやって、わたしの喜ぶ事を言って誤魔化そうとしている。本当にズルいんだから」
鏡に映る桃代の顔は、雪崩を起こしたように目じりが垂れ下がっている。
簡単に誤魔化されるヤツ。
もちろん俺は誤魔化しているつもりはない。
他人に
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