第129話 二度目のお別れ

もんちゃんに悲しい顔を見せたくなくて、わたしはうしろを振り向かない。

もしも振り返り、辛そうなもんちゃんの顔を見て、決心が揺らぐのも困る。

だけど、本当はもうダメなの。

もんちゃんと繋いでいた手の方は、まだ無事だけど、もう片方の手はむくろになりかけている。

まわりが暗くて良かったわ。


出来ればもんちゃんに見送って欲しい。

消えてなくなるまで一緒に居たい、一秒でも長く一緒に居たい。

だけど、醜くなる姿を見られたくはない。


・・・ ・・・今日は本当に楽しかったな~

なんといっても観覧車だっけ? きれいな夕焼けの中で、案山子かかしのようなもんちゃんが、積極的にあんな事をしてくれるだなんて。

実演の話を聞いた時は、相変わらずとぼけた事を言ってるなぁって思ったけれど、あの策にあんな結末があるなんて。


あの時、わたしの心は満たされて、消えてしまいそうだった。

でも、懸命に耐えた。

だって、あの場でむくろに変わったら、もんちゃんがトンデモない事になるからね。


あの子には、これからは誰よりも、しあわせになって欲しい。


「そうよねダークピーチ」

「そうだな。だがピーチ仮面、われに気付いておったのか?」


「バカね、わたしの中に居るのだから、気付かない訳がないでしょう。どうだった? 今日一日楽しかったでしょう」

「ああ、楽しかったぞ。あのジェットコースターという物に乗っておる時の紋次郎の顔は、川で溺れた時と同じ顔をしておった」


「もう、そんな意地悪な事を思い出さないの。もっと、もっと、楽しい事がいっぱいあったでしょう」

「そうだな。われは何に不満を持っておったのか、すべて忘れてしまった。紋次郎との楽しい思い出しか残っておらぬ」


「あなたがそう思ってくれて良かったわ。聞いたわよ、あなた、もんちゃんが作ってくれたおにぎりに文句を言ったんだって」

「ち、違う、そうではない。紋次郎の握ったおにぎりが大きかったから、食べ辛いと言うただけじゃ」


「それで? 今回はどうだったのよ? 食べ辛かった?」

「わかっておるくせに、つまらぬ事を聞くな。紋次郎は何時いつわれに気を遣ってくれる。食べやすく、今回は小さめに握っておった。われはそれだけで胸が一杯だというのに、おぬしはよく食うておったな」


「じゃあ、あなたは、もんちゃんが作ってくれたおにぎりを残せるの?」

何故なぜそんな意地の悪い事を聞く。どっちがダークピーチだかわからぬな」


「だって仕方がないでしょう。あなたにはさんざん意地悪をされたのだから。仕返しよ」

「まぁよい、おぬしの意地悪など、観覧車の中での出来事を思い出すだけで、すべて消し飛ぶ。われは二度目じゃが、おぬしは初めてだったよな」


「ぐっ、それだけは許せない。わたしの大切な思い出を、自分一人のものにして再現してもらうなんてうらやまし過ぎるわよ」

「すまぬな。アレは本当にうれしかったのじゃ。紋次郎におぶされて、守ってもらった時もうれしかったが、アレは格別じゃ」


「あの時は、あなたの所為せいで、もんちゃんは酷い怪我をしたのよ。少しは反省しなさい」

「わかっておる。そんな意地悪ばかり言うでない。おぬしらしくないぞ」


「なんてね、観覧車の中であなたがいさめてくれなかったら、わたしは本当にあの場でむくろに変わっていた。感謝してるわよ」

「そうじゃな、あれ以上の満足はない。だが、あの場でむくろに戻れば、紋次郎に迷惑が掛かる。紋次郎には嫌な思い出になる。われも必死だったのだ」


わたしの身体からだは、一人で二人分の会話をしている。

はたから見ればヘンな人だけど、わたしもダークピーチもヘンだとは思わない。


山頂が見えて来た。

あと少し、頑張ってわたしの身体からだ

わたしの足は、文字通り棒のようになっている。

今日一日、たくさん歩いた所為せいではない。

すでにむくろに戻りかけている所為せいだ。


わたしは観覧車の中で、不用意にも消えてしまいそうだった。

でもそこでダークピーチの声が聞こえた。

【ここで気を抜くな! 気を抜くとむくろに戻り紋次郎に迷惑が掛かる! おぬしはそれでもいいのかッ】そんな声が聞こえた。

だから、わたしは頑張った。


まだ消えてはいけない、自分の始末を忘れてはいけない。

もんちゃんに醜いむくろ姿すがたを見られたくはない。

だけどそれ以上に、わたしの後始末をあの子にさせてはいけない。

あの子の心に傷を残しかねないから、だから自分で始末するしかない。


「ありがとうねダークピーチ。あなたが居なければ、あそこでわたしは成仏をしていたよ」

「何を言うておる。おぬしの為ではない、紋次郎の為じゃ。われがどれだけ迷惑を掛けたか、それなのに愚痴一つ言わずに送ってくれた。よいか桃香、あと少しじゃ、頑張るのじゃ。むくろの姿を見せてはならぬ、むくろの後始末をさせてはならぬ」


「あなた、やっぱりわたしなのね。わたしと同じ事を考えているものね」

「ふふっ、そうじゃな、おぬしと初めて意見が合った。人をあやめたからわれは地獄行きじゃが、おぬしは早く生まれ変わり、紋次郎に会ってくれ」


「ダメよ、あなたも一緒に会いに行くの。わたしはあなた、あなたはわたし、そうでしょう」

「バカな事を、くだらぬ事を言うてないで頑張らぬか、身体からだが動かんようになってきたぞ」


「はぁ、はぁ、やっと着いたわね。龍神ポチお待たせ。わたしがむくろに戻ったら、この焼け落ちた神社ごと燃やし尽くして。山火事にならないよう気を付けてね」

「桃香さん本当にええんか? いや違う。千年、本当にお疲れ様じゃのぅ。紋ちゃんの事はワシにまかしんさい。ワシの神力しんりょくで守ってみせるけぇね」


「いい龍神ポチ、あなたが一番迷惑を掛けてるの。調子に乗ってるとなたを振り下ろすわよ。もんちゃんにした事を考えてみなさい」

「そうです、その通りです。ワシ、調子に乗ってました。ちなみに今日は桃代が背中に乗っとりました。今頃紋ちゃんは修羅場じゃと思う」


「龍神! 余計な事を喋るでない。桃香よくつもりか?」

「あまちゃんさん? はい、きます。お世話になりました」


「おぬしにその気があるのなら、神としてここに残してやっても良いぞ」

「いえいえ、わたしは満足をしました。もんちゃんのおかげで、しあわせにく事が出来ます。あまちゃんさん、色々ありがとうございました。もんちゃんと龍神ポチの事を、よろしくお願い致します」


「うむ、任せておけ。おぬしと飲んだ酒は旨かった。また会える日を楽しみにしておるぞ」


わたしは焼け残った神社の床に寝転ぶと、胸の上で両手を組む。

もう両手とも骨と皮しか残ってない。

約千年、この場所にいた。

辛かったはずなのに、辛かった事を思い出せない、辛い思い出がなくなった。

もんちゃんとの楽しい思い出しか残ってない。


目をつむると涙がこぼれた気がする。意識が身体からだから離れるのがわかる。

わたしは、いま宙に浮いている。

下の方に、わたしだったむくろが見える。

火がついて、勢いよく燃え広がっていく。


お願い、骨も残さず燃え尽きて。


わたしは夜空を昇って行く。

隣にはダークピーチのあの子もいる。

二人で夜空を昇っている。


あっ! 山頂の登り口に、もんちゃんがいる。

手を合わせて、山頂を見ながら泣いてるように見える。


ありがとうね、もんちゃん。また会えるといいね。


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