第128話 さようなら

観覧車を降りてから、桃香の手を握ると、俺は駅に向かって歩き始める。

桃香はキスをされた時から、何も喋らない。

俺はキスをした時から、妙に寒気が止まらない。

なんでだ? まだ夏だぞ・・・ ・・・まさか! 桃代があとをつけて来ている?

まさか! さっきのアレを見られた? 


俺はまわりをキョロキョロ見渡すが、それらしき姿は見つけられない。

それなのに、俺の心臓はヤバいくらいに血液を循環させている。

それは、桃香とキスをしたからなのか、それとも桃代があとをつけてる所為せいなのか、今のところは、まだわからない。


だが、俺のようなガキんちょが、色気のある年上の女性と手を繋いで歩いているからなのか、答え合わせはすぐに出来た。


下心があると思われる男が三人、桃香に声を掛けて来たのだ。

桃香の代わりに用件を聞く為に、俺が男達の前に出ると、何処どこからともなく硬式ボールが飛んできて、三人の顔にめり込むとノックアウトの鐘が鳴った。


倒れた三人は鼻血をドバドバ流しているが、俺は信じられないくらい汗がドバドバ流れ始めた。

心臓が出て行かないようにゴクリと何かを飲み込むと、俺は桃香の手を引いて急いで駅に向かう。


帰りの電車に乗ると、窓を開けて風に当たる。汗だくだからだ。

そのあとで桃香に断わりを入れると、スマホを取り出して電話をするが、何処どこからともなくダースベイダーの登場音が聞こえたきり桃代が電話に出る事はなかった。


いる! やっぱりいる! ヤツは絶対にこの近くにいる! 姿を消して俺の監視をしている。

あのヤロウ、キセルをしてないだろうな。

バカな俺はズレた心配をしていた。


そんな挙動不審な俺を見て、桃香は優しい声で話し掛けてきた。


「もんちゃん、落ち着きなさい、心配しなくても大丈夫だよ。あの誓約書はね、結婚後の誓約書だからね、今日のところは、おとがめ無しよ」

「・・・桃香さん、あなたは何かに気付いたの? もしかして桃代さんと、何か密約を結んでいる?」


「あはは~~も~ぅ、もんちゃんは鈍感すぎるでしょう。桃代出て来なさい。あなた、母屋を出た時から、ずっともんちゃんの背後霊をしてたでしょう」

「・・・もんじろう~~ッ、二度目の裏切りッ。わたしが許すと思ってるの~~」


窓の外から不気味な声がして、突然ミイラ女が現れる。

まごうことなく桃代だ。

姿を消した龍神に乗り、電車に並走している。

空飛ぶほうきに乗る、魔法使いではあるまいし、何を考えてんだこのバカは、電車の中がガラガラで良かったぜ。


俺は言い訳をする気をなくして窓を閉めると、桃代は姿を消して見えなくなった。

あのバカ、付いて来るなって言ったのに・・・そのうえ非常識な行動をしやがって、もしも何処どこかにぶつかって、怪我でもしたらどうするつもりだ。


いろいろ言いたい事はたくさんあるが、桃香の為に一旦保留にする。


「桃香さん、桃代がいる事に気付いていたの? どうして俺に教えてくれなかったの?」

「ふふっ、半分はわたしのカンよ。ただ、わたしが桃代の立場なら同じ行動を取ると思ったから、そう言ってみただけ。ただのカンなんだから教えようがないでしょう」


「え~と、それは【付いて来るな】って言っても、桃香さんも付いて来るって事?」

「まあね、姿を消せる道具があるんでしょう。だったら見つからないようにつけるわね」


「・・・ ・・・あの~・・・俺は・・・俺の・・・プライバシーは?」

「あはは~っ ある訳ないでしょう。まぁその辺は、戻ったら桃代と交渉しなさい。だけど、あの子は手強いわよ」


桃香の人ごとのような助言に、俺は絶望感しかないが、桃代に対する言い訳を考える時間は無い。

何時いつものように開き直ると、桃香の隣に座って手を握り、遊園地での感想を話し合う。


桃香は楽しかった乗り物やゲームなど、いろいろ感想を話してくれる。

それなのに観覧車での出来事はいっさい口には出さない。

ただ、空いてる方の手の指で、くちびるをさわり続けているので、印象が強烈に残っているのだと思う。


興奮気味に話す桃香の言葉を聞き漏らさぬように、桃香の声を忘れぬように、バカな俺の頭は一生懸命に記憶する。

話に夢中になり過ぎて気付かなかったが、最寄り駅に着いた時には、陽が落ちて辺りは暗くなっていた。


ところどころにしかない薄暗い街灯、カエルの鳴き声しか聞こえない田舎道、田舎の商店街は、すでにほとんど閉じている。

俺と桃香は月明かりに照らされて、二人で仲良く歩いて帰る。


遠回りして広い山道をのぼり、母屋まであと少しのところで、桃香は足を止めた。


「もんちゃん、今日は本当にありがとう。わたしの辛い千年は今日一日で、すべてむくわれたわ」

「・・・ももちゃん」


「でも、ここでお別れね。わたしはこのまま山頂に行き、神社の焼け跡で自分の後始末をするから、付いて来ないで」

「い、いや、俺も一緒に行く。桃香を看取るのは俺の使命だと思う」


「ダメ、今のわたしはしあわせなの。だから心配しないで」

「いや、でも・・・」


「いい、もんちゃん。あと少しすれば、わたしの身体からだは元のむくろに戻る・・・・だって満足をしたんだもの。でも、その姿は見られたくないの。わかるでしょう。だからね、お願い」

「・・・わかった。短い間だったけど、桃香と一緒に過ごせて俺もしあわせだった。だから、バカな俺の記憶が薄れないうちに、早く生まれ変わってこい」


「ありがとう、もんちゃん。それではさようなら・・・また会いましょう」


桃香は俺に背を向けて、山道をのぼり続ける。

俺は立ち尽くしたまま、桃香の背を見続ける。


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