第126話 桃香の昔話

桜子がなだめてくれたおかげで、桃代と桃香は落ち着きを取り戻した。

この件に関しては、俺が口出しすることはない。

くだらな過ぎて何も言いたくないからだ。


用意の済んだ俺は居間に行き二人を睨むと、桃代も桃香も笑って誤魔化していた。


「みみっちい争いは済んだのか? 桃代さんも桃香さんもいい加減にしないと、オイラは旅に出ますぜ」

「うっ、すみません、つい子供じみた事を言ってしまいました。ごめんね桃代」


「いえいえ、わたしの方こそ、すみませんでした桃香様」

「紋次郎君、仲裁するならもっと早くにやってよね。わたしは大変だったんだよ」


「よし、桃香、出掛けるぞ。桃代と桜子は留守番を頼む」

「無視しないでよ紋次郎君! てか何処どこに出掛けるの! なんでわたし達が留守番なの!」


「いいか桜子、留守番が嫌なら、龍神のところに行ってびを入れてこい。昨日あいつのヒゲをびしびし引っ張るから、相当怒ってたぜ。もしかするとパクッとされちゃうかもな」

「ヒ~~ッ、お願い紋次郎君、一緒に謝りに行って! わたしこのままだと確実にパクッとされちゃう」


阿呆あほうッ、自分がした事には責任を持て。相手は神様【気を遣わないと何か良くない事が起こる】って、おまえが言ったんだろう」

「はい、わかりました、ちゃんと留守番をしてます。だからお願い、龍神様に謝りに行く時は、紋次郎君も一緒について来てください」


俺は指でOKサインを桜子に出すと、リュックを背負い、桃香を連れてさっさと出て行く。

これで桜子は付いて来ないだろう。

桜子が付いて来ないなら桃代も付いて来ないのでは、そう考えての事だった。


二人で狭い山道を下りて広い道路に出ると、桃香が手を繋ごうとする。

桃香の為の思い出作りなので、俺は拒否する事が出来ない。

しかし、びれた商店街では真貝の新当主という事で、俺の素性が知れ渡っていた。


僅か数日前には、桃代と仲良く歩いていたくせに、数日後には別の女性と親しそうに手を繋いで歩いている。

店主同士は身を寄せて眉をひそめると、何かヒソヒソ話をしながら俺を見ている。


絶対に誤解されている、それも酷い誤解をされている。

そうは思うが、何も言えない。

全ては桃香の為だから、他人になんて思われても構わない。

ただ、余計な事を桃代に喋ると【殺す!】そんな眼つきで店主たちを睨み、俺は足早あしばやに通り過ぎる。


駅に着いて電車に乗ると、初めての乗り物に桃香は驚き声を失っている。

しばらくは通り過ぎる景色を興味津々で見ていたが、そのうち落ち着くと、いろいろ話を始めた。

桃香が話す前世の俺の幼い頃の話は、似ている部分もあるが、似てないところもたくさんある。

ただ、総じてドジなところや、年上の女性に弱いところは今と同じだった。


前世の俺の失敗談を笑いながら、桃香は電車に揺られて目的地の駅に着くと、あとは歩いて遊園地へ向かう。

遊園地など、俺自身一度も来た事のない初めての場所だった。


桃香は目を輝かせて【アレは何? コレは何?】と質問をしてくるが、何せ初めての遊園地なので、俺に答えられる訳がない。

結局、桃香に手を引かれて色々と試しに乗ってみるが、どれもこれも目が回り気持ちが悪くなるだけだった。


「もんちゃんどうしたの? 何か顔色が悪いわよ」

「桃香さん、あんなにぐるんぐるん回るのに、あなたは平気なの?」


「何言ってるの。あの程度は、もんちゃんと一緒に山から転げ落ちた時に比べれば、たいしたことないでしょう」

「あのな~ どうしたら山から一緒に転げ落ちるんだよ。それよりも、よく死ななかったな」


「だって、山菜を採りに行って足を踏み外すから、斜面を落っこちたんでしょう」

「うっ、近道をしようとして滝つぼに落ちたから、俺は何も言えない」


「あのね、あの時はわたしが足を踏み外したの。そしたら手を繋いでいるもんちゃんも一緒に落ちちゃって・・・しかも、わたしをかばってくれながら転げ落ちたの。わたしはかばって貰ったから大した怪我はしなかったけど、もんちゃんは血だらけだったわね・・・ごめんね」

「あのな~俺が高いところが苦手なのは、おまえの所為せいかよ。前世の紋次郎は、よくその時に死ななかったな」


「もんちゃんはねっ、その時に【俺が谷側を歩けば良かったのに】って、謝ってくれたよ」

「なあ、俺は本当にその紋次郎の生まれ変わりなのか? 俺ってそんなに良いヤツではないぞ」


「そうね、自分では気づけない。だけど、生まれ変わりでなければ、あの夢は見られない。そして今も昔も、もんちゃんはとってもい子。そうでなければ、千年もわたしが思い続けるなんて、あり得ないよ。それに、桃代が思いを寄せるはずもないでしょう」

「なんで桃代が出てくるの? もしかして俺の前世には、桃代も関係してんのか?」


「さぁ? わたしの時代にはミイラに取り憑かれた子は居なかったから、わからない。でも、あの子はわたし以上に変な子だよね」

「おまえも自分の変を自覚してんなら、なんとかしろよな」


桃香は必要以上に、はしゃいでいる。

このあとの、別れを考えないようにしてるからだろう。

俺も別れの時を考えさせなように、桃香と一緒に楽しんでいる。。


少しでも、別れの時を考えれば、桃香はそれを敏感に感じ取るだろう。

そうなれば、悲しい別れが待っている。

俺も桃香もそれは本意ではない。


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