第119話 光の珠

俺には今の状況がわからない。

桃代が急いで俺のいる場所に向かって来ている。

しかし、かなりの時間を同じ姿勢で踏ん張っていた俺は、身体からだ固まって元に戻らない。

しかも滝口に居た所為せいで、冷たい水に浸かり過ぎ、足の感覚も無くなっている。

桃代を迎えに行くことが出来ない。


ハブの助はどうなったのか? ロープの先はどうなっているのか? 確かめたい気持ちはあるのに、身体からだが固まり動かない。


そのうち桃代が到着すると、固く握った指を一本ずつゆるめてくれて、ロープから俺を解放してくれた。

桃代はロープを投げると、俺の手を取って下に連れて行こうとする。

俺はギクシャクしながら付いて行く。

途中で何度も転びそうになるが、その都度桃代が支えてくれて事なきを得た。


下に着くと、あまちゃんたちは満足そうな顔をしている。

桃香は嬉しそうな顔をしている。

桜子だけは二日酔いと、恐怖の人達との再会のせいなのか、表情が無くなっている。


ハブの助の姿は何処どこにもない。

この時初めて終わった事を理解して、俺はその場にへたり込んだ。


「紋ちゃん、一人でよく頑張りました。ありがとうね」

「ち、違う、俺の力ではない。あいつ等が助けてくれたから、だからあいつ等にれいを言ってやれ」


「うん、ありがとうございます死者の皆さん。紋ちゃんを守ってくれて本当にありがとう」

「ありがとうな・・・赤の他人の人たち」


俺はあまちゃんに手招きされていた事を忘れて、桃代と一緒に助けてくれた死者達におれいをすると、奴らは取れそうな顎をカタカタと動かしながら、優しい笑みを浮かべて消え去った。


俺は感謝の気持ちを込めて奴らを見送る。

あまちゃんは後回しにされた事を怒っているふうではない。

珍しくいたわるように接してくれる。俺にはその気遣いだけで充分だった。


「よし、よくやった紋次郎、見事であった・・・では、さっそくじゃが滝つぼに潜り穢れの結晶を取って参れ」


いたわるような気遣いは、どうやら俺の勘違いのようだった。

疲れた身体にムチ打ち、俺は滝つぼに潜って行く。

なんでだ? どうして俺をコキ使う? もう少し休ませてくれてもいいだろう。


そんな不満を持ったところで仕方がない。

あまちゃんには初めて会ったその日から、不満と理不尽しかないのだから。


何か忘れているような気もするが、言われた通りに潜ると、俺は穢れの結晶を探す。

目立つ色なのでそれらしきモノはすぐに見つかった。

ついでにおまけも見つかった。


まずは、それらしきモノをあまちゃんに渡し、おまけを桜子に渡す。

あまちゃんと桃代たちは、それらしきモノを繁々しげしげながめ、桜子はおまけを受け取ると悲鳴を上げた。


おまけ、それはしゃれこうべ。ハブの助の頭蓋骨だ。


「紋次郎君、お願いだからイジメないでよ。わたし、怖ろしいモノをいっぱい見ちゃって、膝の震えが止まらないの」

「そう言ってやるな。成仏すればほとけさんだろ。まだたくさんあるから、ちょっと待ってろ」


「紋次郎君ってすごいね、よくあそこに潜っていけるね。今そこであの化け物が溶けてたんだよ。ほら見て、あそこに浮いてるヘドロみたいなの、化け物の残骸だよ」

「えっ!・・・・という事は、あそこの水にはハブの助のエキスが溶け込んでるの? 

・・・・うん桜子、俺は上流のきれいな水を浴びにいく。あとは任せた」


くそ~ッ、あまちゃんは絶対に知ってるはずだよな! それなのに滝つぼに潜れって、ちょっと酷くないか? 俺を雑に扱い過ぎだろう!


取りあえず上流に行き、適当に深い場所を見つけると身体からだけて洗い流す。

匂いはないので大丈夫だと思うが、川の中で何度も身体からだを洗う。


それが終ると一息ついて、浅瀬に寝転んで空を見上げた。

台風は過ぎ去ったのか、台風の目に入ったのか、青空が広がり、しが気持ちよく降りそそいでいる。


やっと終わった。よく無事に終わったな。

若干無事ではないヤツが一匹いるが、そのうち起きるだろう。

起きたらお好み焼きで誤魔化せばいい。


しかし、無事に済んだのは、援軍として死者の奴らが現れてくれたおかげだ。

自分の力ではない、いい気になってはいけない、ここで調子に乗ると何時いつもの間抜けを発揮する。

どうして力を貸してくれたのか、聞いてみたいところだが、今となっては無理だろう。


実のところ、俺は結構イヤなヤツだ、平気で悪口を言うし愚痴もこぼす。

それでも奴らには感謝の気持ちで一杯だった。

奴らの来世がい生涯でありますように、そう願わずにはいられない。


すると、何処どこからともなく、小さな光のたまが現れた。

俺は慌てて起き上がり、警戒しながら様子を見ている。


まだ終わってなかった、ハブの助のヤロウ、何か隠し玉を持っていやがった?

最悪の場合を考えて、どうするか思案していたところで光のたまが人の形になっていく。


あらわれた人、それは懐かしい人、夏の短い期間を一緒に過ごし、幼い俺に優しくしてくれた人。

ぼんやりとした姿だが、相変わらずの優しい声で、俺に語り掛けてきた。


たくましくなったわね、紋ちゃん。娘の桃代をお願いね」

「あっ・・・へっ・・蘭子さん・・・えっ? 待って! 桃代にも会ってあげて」


俺の言葉に返事をする事なく、ぼんやりとした姿は小さな光のたまに戻り、空に昇って見えなくなった。



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