第111話 死相

あまちゃんは変化のない表情でジッと俺を見ている。

俺は自分の顔を手でさわり、何処どこに死相があるのか探している。


きっと絶望的な顔をして、慌てる俺を見ているあまちゃんは、我慢が出来なくなったようだ。


「ぷっ、あはは~紋ちゃんおぬしは面白いのぅ。顔をさわったところで死相がわかるはずがなかろう。しかもその表情、なかなかの傑作じゃ」

「えっ、だって、死相が出てるって、あまちゃんさんに指摘されたら誰だってこうなるでしょう!」


「冗談じゃ、許せ。しかし、それを言われて焦るのは、自信の無さを認めるのと同様じゃ。その有様ありようではい結果は付いて来ん。気持ちを改めるのじゃな」

「ぐッ! こ、このバ、ババ・・・アりがとうございます。気持ちを改めます」


「なんじゃ? いま妙なお礼に聞こえたが、気のせいか?」

「はい、気のせいです」


俺は安心したフリをして下を向き、まずは表情を見せないようにする。

それから死相を探していた手で口をおおい、漏れた声を聞かれないようにして、思い考える。

このクソババア! あんたの冗談は色んな意味で怖いんだよ!

もしも、本当に死相が出ていたら実行する死神は、あまちゃん、あなたでしょう!


そんな愚痴を思ったところで、笑顔で顔を上げる。

それなのに、あまちゃんは俺の顔など見ていない。

下を流れる川を見ながら、流れゆく水の行方に思いをせてるようだった。


「あまちゃんさん、俺はこのまま行きますね。本当は一度戻って、桃代の顔を見たあとで行くつもりでしたけど、見ると決心が鈍りそうなので」

「そうか、紋ちゃんおぬしの覚悟は見届けた。死なないように頑張るのじゃな」


「それで、お願いなんですが、もしも俺が失敗した時は桃代に危害が向かないように、お任せしてもいいですか?」

「仕方のないヤツじゃのぅ。弱い気持ちでどうする? じゃが、それでおぬしの気が済むのなら、あとの事はわれに任せておけ」


元はといえば、あなたの親の伊邪那いざな所為せいだろう! 

そう言いたい気持ちをこらえて、俺は笑顔をあまちゃんに見せる。


言いたい事を言い、聞きたい事を聞いて満足したのか、あまちゃんは母屋に向かって歩き始めた。

俺は距離を空けて、少しうしろの方をついて行く。

雲の隙間から日がして、万が一にもあまちゃんの影を踏んでしまうと、またシバかれそうなので距離を取っている。


母屋が見える場所まで戻り、山頂に向かう坂道の前で、あまちゃんは立ち止まり振り向くと、勾玉まがたまをひとつ俺に握らせた。


「紋ちゃんおぬしにこれをくれてやる。気休め程度のお守りとして持っておれ」

「えっと、これがあると神様の凄い力が使える、便利なアイテムですか?」


「ふふっ、紋ちゃんおぬし、頭は大丈夫か? 世の中にそんな便利なモノはないッ! あまり都合の良い事をぬかすと、酷い目に遭うぞ!」

「怒らないでくださいよ。ちょっと聞いただけじゃないですか。でも、ありがとうございます」


「まぁ、よい。あと、これだけは言っておく。それは飴玉ではない。らうなよ」

「もう! 桃代のせいで誤解してる。食べる訳ないでしょう。あれは桃代のウソですよ」


「わかっておる。あれは、の雰囲気で言うただけじゃ。もしも本当に食うたなら、今頃おぬしは動く死人しびとじゃ」

「そうですね、そうだったら、今頃俺は退治される側ですね・・・では、そろそろ行きます。あまちゃんさん、色々ありがとうございました。あとは頼みます」


あまちゃんは何も言わないけれど頷いてくれた。

俺はそれだけで心強くなれた。

頭を下げてお礼を言うと、あまちゃんに背を向けて、俺は坂道をのぼり始める。


もしも、うしろを振り向くと、弱い気持ちが前に出て逃げ出しそうなので、振り向かない。

悔いを残さない。


そのつもりでいたのだが、あまちゃんがどんな表情をしているのか、バカな俺の好奇心が興味を持ってしまい、ついうしろを振り返りチラ見する。


しかし、あまちゃんは背を向けて、すでに母屋の方にスタコラサッサと歩いていた。



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