第112話 いよいよ

なんだよ、少しは心配そうに見送ってくれよ!

せっかくカッコいい場面だったのに、メチャクチャ空回りして痛いヤツみたいだろう!

俺はリュックを背負いなおすと、気兼ねなく声に出して愚痴をこぼす。


まあ、あまちゃんにしてみれば、人が一人どうなろうと知った事ではないと思うが、シュークリーム、コーヒーゼリー、プリンの恩義があるだろう。


そんなセコイ愚痴を、ぶちぶち言いつつ坂道をのぼる。

誰に聞かれるものでもない。

俺は楽な気分になり、何時いつもの自分に戻っていた。


坂の途中で山に分け入り、細めの木をへし折ると、木刀代わりの武器にする。

この木刀がボロボロになるまで、龍神を殴り回して正気に戻す。

もちろんそんな事はしない。出来そうもない。

ただ、出来れば2~3発、どついてやりたい。


強い風を受けながら、のぼり慣れてきた山道を、ヘビの出現に注意をしながら歩き続ける。


山頂に近づくにつれ、緊張の度合いが高くなり、余裕が無くなるのが自分でもわかる。

こんな時こそ楽しいことを思い出し、緊張をほぐしたいところ。

だが、本家に住むようになり、ろくな事が起きてない。

楽しいことを思い出せない。

桃代のふざけた姿しか思い出せない。


桃代のとぼけた口調と、俺をおちょくる態度を思い出し、ムカムカしてきたところで山頂に着いた。


まずは広場に出ると、結界の中に居るヤツを挑発する。

なんて、当然そんな阿呆あほうな真似をするつもりはない。

結界の解けてない、今しかできない準備をする。

最初にするのは道の確認だ。


以前、横着おうちゃくをして近道しようとしたが、途中で足を滑らせて滝つぼに落ちた場所の確認をする。

それが終ると、昨日ヤツが現れた時に投げ散らかした、身体からだの一部がどうなっているか確認する。

落ちたあたりを探すと、それらしきかたまりを見つけた。

見る限りでは黒いもやは出ていない。

これで霧瘴むしょうが足に触れただれる事はないと思うが、そこにあるだけで気持ちが悪い。


俺はこの為に用意をしてきた。

リュックの中にある小さな容器を取り出すと、中に入れてきた灯油をかけて火をつける。

結界がけたあと、また霧瘴むしょうが発生すると面倒だし、間違って踏むとすべってころぶ可能性がある、そうなると作戦に支障をきたす。

だいいち、そんなモノが靴の裏に貼り付いたら気色が悪い。


火が点くと黒い煙が出てくるが、それが霧瘴むしょうなのか灯油の不完全燃焼の所為せいなのか、よくわからない。

ただ、煙を吸い込まないように、口にタオルをあてて気を付ける。


しばらくすると燃え尽きて火が消えたので、木刀でつついてみるとボロリと崩れた。

これならば大丈夫。

そうは思うが、念の為に踏みつけて粉々にすると、足で砂をかける。


それを何度か繰り返し逃げ道の確保を終わらせると、今度は武器に細工する。

細工といっても、木刀の先にタオルを巻くだけだ。

龍神をどついた時にクッションになるように、そんな優しさからではない。


タオルを針金で固定したあと、残りの灯油をタオルに染み込ませる。

これに火をつけて、春之助を牽制する為だ。

まあこんなモノ、役には立たないと思うが、なにせ直接さわれない、さわりたくないのだから仕方がない。

春之助自身に灯油をぶっかけて燃やしてやろうかと考えたが、山火事になるのが目に見えているので、その考えは早い段階で除外した。


ある程度の準備を済ませると、今度は結界の中に居る龍神と春之助の様子を見ることにした。

草木に隠れて結界を見ると、御神体の桃香から奪った穢れを吸収したせいなのか、ヤツは一段とおぞましい姿に変貌している。


内臓こそ飛び出してないが、破裂して飛び散ったと思われる片目の残骸が再生したようで、身体からだのあちらこちらに目玉がある。

そのくせ鼻は再生せずに穴があるだけだ。

口は閉じているのでよくわからないが、舌がでろ~んと垂れてないので何か再生したのかもしれない。

身体からだには肉がつき、き出しの骨が見えなくなっている。

そして、黒と茶色のまだら模様になり、ヨボヨボな感じではない。

まだ再生途中かもしれないが、滅茶苦茶気色が悪い。


ただ、ゲロゲロではなさそうなので、俺にとっては好都合だ。

なにせ、あの匂いは二度と嗅ぎたくない。


それから龍神は俺の存在に気が付いている。

当然だろう、ヤツの鋭い器官が、俺に気付けない訳がない。


歩いた時の振動だと思うが、もしも匂いで気付いたのなら、たいしたモノだと思う。

あの腐臭の元と一緒に閉じ込められて、鼻がバカになってなければ、たいしたモノだと思う。

龍神は情けない顔をして、俺に助けを求めるように口をパクパクしている。


ふふふ、昨日襲われた仕返しだッ。

俺はリュックからチョコを一つ取り出すと、龍神に見せつけるようにゆっくりと口に入れる。

モゴモゴしたあとで飲み込むと、満面の笑みで【うま~い】と小さくつぶやく。


見ると龍神は絶望的な顔をして、目から涙をこぼしていた。




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