第109話 酔っぱらい

誰かが音頭を取りながら、リズムよくグラスや皿を箸で叩く音がする。

桃代が歌うヨーデルも聞こえる。


あいつ等! いったい何やってんだ? 

明日の俺を心配して欲しい、そんな気持ちはない。だけど、いくらなんでもゆるすぎるだろう。


あの騒ぎようでは、いずれ酔った誰かに絡まれる。

そんな危機感を覚えた俺は、必要な物をリュックに詰め込むと、ここから避難することにした。


気付かれないように荷物を詰めて静かに玄関を出た途端とたん、中から俺を呼ぶ桜子の大きな声が聞こえてきた。


「紋次郎! こっちに来いッ! 何処どこだ! 何処どこに居る紋次郎! 隠れてないで早く出て来いッ!」


おいッ! 君付けはどうした? いくらなんでも、おまえは酒癖が悪すぎるだろう! 

しらふに戻ったら覚えておけよ!


取りあえず、家の中に安全な場所はなくなった・・・予想通りだ。

俺は一旦ピラミッドの影に隠れると、外から様子をうかがう。

すると、物凄い勢いで玄関ドアがひらき、中から桃代と桜子が出てくると、俺の名前を呼びながらあたりを探し始めた。


桃代は、さほど酔ってるふうではない。

甘い声でひたすら俺の名前を呼びながら、あちらこちらではなく、懐中電灯を手にして穴に入るとピラミッドの内部を探し始めた。


桜子は、見るも無残な酔い方をしている。

あのバカたれ、自分の親父の死に方を忘れたのか、酒に飲まれてどうするつもりだ!

あいつの家系が酒乱なのがよくわかる。

桜子はブラとパンツはけてるが、パジャマを脱いで如何いかにも宴会芸をしてました、そんな姿で外に出ている。


このあたりには他に民家は無い。なので人に見られる心配も無いのだが、それにしても酷過ぎる。

今後は桜子に酒を飲ませないようにしないと、トンデモない失敗をすると思う。

俺は桜子をいましめる為に、気付かれないようにその姿をスマホにおさめておいた。


それから足音を立てないように敷地を出ると、少し離れた場所にある木のかげに隠れ再度様子をうかがう。

しばらく俺を探していたが、そのうち諦めて桃代と桜子は中に戻って行った。


よし、作戦通り。

一度探したところは安全になる、バカなりに考えた俺の作戦。

俺はワザと懐中電灯を机の上に置いてきた。

ピラミッドの中に居るのが、桃代にバレないようにする為だ。


明りのないピラミッドの中では、暗くて行動が難しい。しかし、懐中電灯は桃代が手にしている。

そのうえ、中に入って確認までした、これでピラミッドの中は完全に安全だ。

桃代のヤツ、まんまと引っ掛りやがって。


ピラミッドの中にある棺桶で休むのは、さすがに気持ちが悪い。

しかし、地下の間にある、桃代のハンモックなら快適だ。


俺は見つからないよう穴に入り、地下の間へ向かう。

懐中電灯はないが、スマホのライトがある、これで充分明るい。

あとは頭をぶつけないように、手探りで確認しながら、なんとか地下の間に辿り着いた。


部屋の中には照明がある。明りを点けて部屋の中を見回すが、前回ここに来た時は、桃代に対する遠慮があった。

もちろん今も遠慮はあるが、以前ほどではない。


だからと言って桃代の私物を見るつもりはない。それをすると、ただの変態野郎だからだ。

桃代の私物に触れないよう、変なモノを見つけても手に取らないようにハンモックに寝転がる。

ハンモックを使うのは、今日が初めてだ。

少し腰に悪そうな気もするが、意外と快適だった。


眠る為に明りを少し暗くする、完全に明りを落とすのはむずかしい。

さすがに暗闇になると、ここはちょっと怖い。いや、だいぶ怖い。


桃代のヤツ、こんな所によく隠れ住んでたな、色んなところがぶっ飛び過ぎだろう。


あと、この部屋に充満したこの匂い、これはなんなんだ?

桃代がつけている香水なのか? ピーチ味の食べ物なら知ってるが、ピーチの匂いの香水? そんなモノがあるのか? 


だが、この匂いのおかげで明日の不安を忘れて、俺はゆっくり眠れた。



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