第108話 お神酒

今の俺は、熱い食べ物を口に入れている訳ではない。

しかし、頬がじんじんあたたかい。


あまちゃんは座り直し、食事を再開している。

お供の人は【コイツ、りないなぁ】という顔をしている。

桃代と桃香は赤い手形を見ながら、笑いをこらえている。

桜子だけは心配そうな顔をしているが、俺が心配なのではなく、自分に矛先が向かないように、心配してるだけかもしれない。


たいして痛くはないが、いちおう俺は怪我人だ。

桶とティッシュの箱をぶつけられ、そのあと二度もシバかれた。

【もう少し、家主やぬしの俺に敬意を払え】そう言いたいところだが、それを言うと【貴様の方が敬意を払え】そんな感じで、おともの人に怒られそうなので絶対に言わない。


「よいか紋次郎、われも手が痛い、いい加減つまらぬ事を口走るな。それと、おぬしが水を掛ける必要は無い。どうすれば大量の水を掛け続けられるか、考えてみるのじゃな」

「??・・・そうか! そういう事か! ありがとうございます、あまちゃんさん。ヤツから穢れの結晶を取り戻したら、処分の方は任せますね」


「うむ、任せるがよい。それに関しては、われがここにおる理由のひとつじゃからな」

「ひとつ? 他にもここに居る理由があるんですか? 今回の件が片付いたら、俺で良ければ手伝いますよ」


「紋次郎、われがどうしておぬしに手伝ってもらう必要がある、立場をわきまえよ。そうでなければ、今度は桶と一緒に柄杓ひしゃくもぶつけられるぞ」

「はい、手伝うなんて二度と言いません。安心してください」


良かった、断ってくれて本当に良かった。

あまちゃんの手伝いを、そもそも俺はする気がない。

春之助を退治するヒントをくれたので、俺なりに気を遣っただけなのだ。


「紋次郎、嬉しそうな顔をするな。おぬしは思った事を口に出さずとも、表情で何を考えておるのか一目瞭然なのじゃ」


あまちゃんはタメ息をつきながら、俺に注意をしてくれる。

なんだかんだ言いながら、気遣いを見せるあまちゃんは、良いかたなんだと思う。

ただ、以前思った通り、あまり関わらないようにしないと俺の平穏は戻って来ない。


食事が終わり、片付けも済み、各自が風呂に入り終わると最後に俺が入る。

包帯を解くのが面倒くさい。

それはわかっているが仕方がない。


のんびりと湯にかり、俺は明日のことを考える。

あまちゃんに禊のヒントは貰った。

あとはそれを、どう実行するかだが、無事に済むとは思えない。

やるしかないのだから、そこは悩んでも仕方がない。


のぼせる前に風呂から出ると、脱衣所の鏡の前で怪我の確認をする。

あまちゃんに貰った薬のおかげなのか、もう傷が治りかけている。

ありがたい事なのだが、妙な成分が入ってそうで、それはそれで怖ろしい。


だが、これで包帯を巻かなくてもいい。それを感じて、あまちゃんに対して感謝をする。

桃代が治療をしてくれるのは、確かにありがたい。

ただ、包帯を巻いてくれる桃代の姿が、別の意味を連想させて、それはそれで怖ろしい。


着替えが済むと台所に行き、冷蔵庫から出した冷たい水を飲む。

ついでに海パンを買う時に、駄菓子屋で一緒に買ったチョコの確認もする。

食いしん坊の龍神のことだ、このチョコがきっと役に立つはずだ。


このチョコを食べないよう桃代に伝える為に居間へ行くと、そこではお神酒みきを飲みながら、どんちゃん騒ぎをしているみんなの姿があった。


「えっ? どうして飲んでるの?」


あまちゃんは上座に座り、機嫌良く静かにお神酒みきを飲んでいる。

お供の二人は笑い上戸じょうごなのか、ゲラゲラと笑っている。


桃香はお酒が好きなのか、手酌でぐいぐい飲みながら、自分の膝を叩いて笑っている。もしかして大蛇おろちに投げたつぼに入ったどぶろくは、自分の為に作ったどぶろく? あんがい桃香もうわばみ?


桃代も笑いながら、あまちゃん達にお酌をしている。

みんなが笑っている理由、それは桜子の所為せいだった。


桜子、おまえは俺と一緒でまだ未成年だろう! なんで酒を飲んでんだよ!

しかも、それは誰のものまねだ! 


桜子が演じる、微妙に似ている俺のものまね。

桜子は意外な芸を持っていて、それを見ながらみんなは笑っているが、結局笑われているのは俺なんだと、自分の部屋に戻ったあとで気が付いた。



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