第94話 失踪

一旦話を中断させた桃代と桜子は、急いで風呂に入り、出たあとで着替えを済ませると夕食を作り始めた。

俺は手伝いを許されず、居間で思ったことをノートに書いている。


キングコブラの助・・・う~っ、ヘビ嫌いの俺にとって、おぞましい陰口だ。

でも、サイコガンを持ってるとカッコいいけどな。

などと、バカな俺はそんな事もノートに書いている。


それはそうと、どうして春之助は、俺の死を願う必要があったのだろう?

どうして当主が二人だったのか?

蘭子と菊江は仲が悪いと聞いていたのに、二人で当主を務めることに抵抗はなかったのだろうか?


桃代が隠している事もついでに聞きたいところだが、それは桃香の件が片付いてからでいい。


食事を済ませた俺たちは、お茶を飲みながら、先々代の前の当主だった春之助の話を始めた。


「なあ桃代、俺の記憶にはないんだけど、俺はその春之助と会った事があるのか?」

「ん~んっ、どうだろう。あるとすれば、わたしの夏休みのあいだに、幼い紋ちゃんがここに滞在した時だよね。その時は、具合が悪かったようだし、もしかすると会ってないかも」


「ふ~ん、春之助ってどんなヤツなの? 桃代は前に爺さんも婆さんも【嫌い】って言ってたけど、何か理由があるのか?」

「そうね、いろいろあるわよ。でもね、あの人達は十人の人間がいると、十人全員に嫌われる。そういう人達よ。わたしはあの人達と血が繋がってる、それだけで気分が悪いわ」


「うわ~っ、能天気な桃代がそこまで嫌う人達なんだ。桜子、おまえは会った事はあるのか?」

「ある訳ないでしょう。本家の当主は桃代姉さんと紋次郎君にしか、会った事がないわよ。その前の蘭子さんや菊江さんだって会った事がないもの」


「ちょっと待って紋ちゃん。わたしが能天気ってどういう意味なの? わたしはね、何時いつも思慮深く、紋ちゃんのこれからを考えてるよ」

「ごめんって、俺はおまえの明るい性格に助けられているから悪く取らないでくれ。あとは分家の連中で、春之助に詳しいヤツは居ないかな?」


「むふ、これからもいっぱい助けてあげるね。それと分家の連中はダメだと思うよ。ハブの助は松慕まつぼを手下として手懐てなずけていたの。だけど松慕まつぼは死んじゃったからね」

松慕まつぼを? なんかキナ臭い組み合わせだな。でも、だから松慕まつぼが分家筆頭なんだ」


「そういう事よ、松慕まつぼはハブの助の腰巾着。ハブの助のやり方を熟知していた松慕まつぼは、ハブの助が居なくなったから、今度は自分の時代と勘違いをしたんでしょうね。その勘違いもあって、わたしを殺そうとした」

「んっ、ちょっと待て桃代。おまえはいま何か変な言い回しをしたな。居なくなったってどういう意味だ、年をくって死んだんじゃないのか?」


「違うの、いつのにか姿を消してたの。すぐに失踪届を出して7年経過したから、死亡認定されてるだけ。でも、多分死んでるわね。どうせなら火葬する前に、ミイラ作りの実験台にしてやりたかったのに」

「怖い! 怖い! モモちゃん、ときどき過激になるのはやめてよね。桜子の顔から血の気が引いておびえてますぜ」


「まぁ、それはウソだから安心して、ミイラはね、生き返った時の為に身体からだを残しておくの。生き返って欲しくないんだから、ミイラになんてしないわよ」

「えっ? どれがウソなの? ミイラにしないこと? それとも実験台にしないこと? ミイラにしないで実験だけすると、ただ単に死体を切り刻むってことだよな。そしたら捕まるから、死体損壊で捕まるから、現代の常識で考えてくれる」


「あうっ、紋ちゃんの時に失敗しないように、練習をしておきたかったのに・・・」

「あのな桃代、この際だからハッキリ言うけど、あの誓約書では俺がおまえを看取る事になっている。看取られたおまえが、どうやって俺をミイラにする気だッ!」


「あうっ、その時は黄泉よみかえったミイラとして、わたしがちゃんとしますので、安心してください」

「いいか桃代、ミイラになる為に脳ミソをき出されたおまえが、手順を覚えてる訳ないだろう」


「紋次郎君、もうやめなよ。桃代姉さんが困ってるでしょう。それに、横道にそれるなって、何時いつも紋次郎君が言う台詞だよ」

「うっ、そうだな、すまん桜子。それで桃代さん、失踪した春之助が生きてる可能性はないのか?」


「う~んっ、難しいと思うわよ。なにせ高齢だったし、健康状態も良くなかったから。松慕まつぼが分家の連中を総動員して探したようだけど、山に向かった足跡と杖の跡しか見つからなかったし、身体からだの不自由な年寄が何も持たずに山に入って十数年、生きてるわけないよ」

「コイツも山に入って行方不明なのか、この山には魅入みいられる何かがあるのかな?」


「上手いねぇ、紋ちゃん。魅入みいられるとミイラを掛けたのね」

「紋次郎君ってサイテー、不謹慎だよ!」


もちろん俺はシャレを言ったのではない。

だが、俺の感想を桃代が勝手に解釈した所為せいで、桜子に軽蔑の眼差まなざしを向けられている。


面倒くさくなった俺は、この話を切り上げて次の話をすることにした。



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