第92話 下品

桃代が隠している件を含め、俺にはやる事が他にもたくさんあるはずだ。

御神体の桃香の件が解決しても油断はできない。

油断すると、俺のような間抜けはすぐに足元をすくわれる。


以前、赤信号を無視したバイクをけてホッとした瞬間、けた先の道路が陥没して酷い目に遭った。

あんな目に遭うのは、二度と御免だ。


「ねぇ、紋次郎君。紋次郎君はその黒幕に、心当たりがあるの?」

「ん~っ、今のところまだわからん。どれもこれも推測で、納得できない部分があるだけだ。だから全てがおさまるまで油断するな」


「う~~っ、紋次郎君が言うと、妙な説得力があって落ち着かない。あの日もそうだったよね。珍しく仕事が早く終って帰る途中、車にかれた猫を見つけて、近くの空き地に埋めてやろうと穴を掘ったら、白骨死体が出て来て、仕事以上に大変な騒ぎに巻き込まれものね」

何時いつの出来事か憶えてないが、いいか桜子、余計な事を言うな。あれ以来、ひそかにおまえが俺をアヌビスと呼んでいるのを知ってるぜ」


「うっ、ごめんなさい。あの出来事を桃代姉さんに話したら、紋ちゃんはアヌビスねって言われたから、意味もわからず使ってました」

「確かアヌビスは冥界の神で、ミイラ作りの神でもあったよな・・・ももよ、おまえはミイラにしてやんない」


「ヒーッ、それだけは堪忍して紋ちゃん。アヌビスは神様なんです。悪い意味ではないんです」

「ふふふ、アヌビス紋次郎の反抗期・・・とにかく横道にそれるな。それと油断をするな。龍神おまえのこれからは、この件が片付いてから考える。それまでは大人しくしていろ」


「悪いね紋ちゃん、面倒な時に帰って来てしもうて。桜子とやら、呼び辛いからさくらでええ? さくら、弁当旨かったぞ。またお供え物として頼むぞ」

「龍神、おまえは食う事ばっかりだな。そのうちデブるぜ。滝の穴につっかえて、溺死してるおまえを見つけるのは、イヤだぜ」


「おいおいおい、ワシは水の神様じゃけぇね、溺死はシャレにならんのう。その時は紋ちゃんなんとかしてな」

阿呆あほうッ、おまえのようなデカブツをなんとかできる訳ないだろう。その時はガリガリヘビになるまで断食だな」


「うわっ、ガラガラヘビと掛けてる。紋次郎君って意外とセンスが悪い。ねぇ桃代姉さん」

「う、うん、そうね・・・紋ちゃん、あなたの所為せいで、わたしまで否定された気分よ」


桃代の愚痴を無視して、俺は帰り支度を始めた。

龍神は腹がグゥグゥ鳴らなくなると、寝ころんで今度はイビキをグゥグゥ鳴らし始めた。

コイツも、桃代と一緒で寝つきのいヤツ。


龍神の鱗のネオンに見送られ塚の方から外に出ると、俺は明日の事を考えながら、のんびりと山道をくだる。

そのつもりでいたのだが、木陰にあまちゃんがいる。

不機嫌な顔をして、こっちに来いと手招きをしている。


俺は走って逃げようとしたが、桃代に手を握られて逃げることが出来ない。

そのまま、桃代に連れられて階段の十三段目をのぼる気分で、あまちゃんの元に連れて行かれた。


「紋ちゃんおぬし、この神社をどうするつもりじゃ? まさか、このままではあるまいな」

「えっと、そうですね、それも考えないといけないですね。桃代さん、あなたは何か考えがありますか?」


「それは、当主の紋ちゃんが考えないとダメだと思うよ。そうだよね、てんちゃん」

「うむ、その通りじゃ。紋ちゃんおぬし、その口振りだと、モモに丸投げするつもりではあるまいのぅ」


「いえいえ、今回のゴタゴタが片付いたら、俺がなんとかします。ですから、もう少し時間をください。はい」

「そうか、では期待をしておるぞ、われを失望させるなよ。それと面の方は禍々まがまがしさが消えて良かったが、龍神が戻りまた悩みのたねが増えたのぅ。まあ、そこがいところじゃが、紋ちゃんおぬしは何でも背負しょいむ困ったヤツじゃのぅ」


「むふっ、てんちゃんもそう思います。紋ちゃんが誰にでも好かれる子になってくれて、本当に良かったです。でも、浮気をしたら打ち首獄門なんですよ」

「あはは、そうか、その時はわれつるぎで首をねてやろう」


桃代があまちゃんの相手をしているうちに、俺は少しずつ距離を取る。

あまちゃんが何者で、どうして龍神が戻って来たのを知ってるか、聞きたいところだが【この人に関わるな】俺の直感が告げている。

だいたい、あんたも悩みの種のひとつなんだよ・・・とは、面と向かって言えない。


前を向いたままうしろにがり、ある程度の距離を取ったところで桜子が話し掛けてきた。


「紋次郎君いいの? あの二人、なんかトンデモない話題で盛り上がってるよ」

「なぁ桜子、あの二人に対して俺に何が出来ると思う? でも、まあ安心しろ。俺に言い寄るヤツは、すでにこの世の人ではないし、生きてる人間は桃代だけだ」


「そんな事はないでしょう。龍神様だって紋次郎君を好きみたいだし」

「桜子、落ち込むからやめてくれ。アイツの性別は男だぜ。いや、オスだぜ、二つのたまを持ってるって自慢してたからな」


「う~~っ、龍神様って、とても神様とは思えないほど下品。それをわたしに伝える紋次郎君も下品だね」

「アハハ、いいか桜子。俺のまわりにいる下品筆頭は桃代だ! アイツをしたっていると、何時いつかおまえも桃代みたいに下品になるぞ」


俺の言い分に心当たりのある桜子は、少しショックを受けて下を向いていた。



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