第68話 鎮火

俺はどうにかこうにか母屋に辿り着いた。

素早く中に入ると鍵を掛ける。

あの口振りだと、ここを最初に襲うとは思えないのだが、用心のためだ。


早く桃代と桜子を避難させなければ、焦る気持ちの所為せいでなかなか靴が脱げない。

物音に気づいて迎えに出てきた桜子が、そんな俺の姿を見つけると悲鳴を上げた。


その悲鳴に驚き、桃代も玄関に出て来たが、俺は二人の背中を押して居間に行く。

まずは今まで何処どこに居て、何を見聞みききしてきたのか説明しようとしたが、桃代の手に優しく口をふさがれて、俺の行動はさえぎられた。


桃代は何も言わずに隣に移動して来ると、俺の肩に手を回して自分の方に抱き寄せる。

すると、もう片方の手には大きな鏡を持っていた。


その鏡の中には、桃代の心配そうな顔が映り、その隣には俺によく似たヤツが映っている。

木の葉や小枝、枯れ草などをアクセサリーにして、チリチリの髪の毛とすすにまみれたどきたない顔。

しかも、着ているシャツは破れて、あちらこちらから血を流している。

そんなヤツが、桃代の隣で不思議そうな顔をしている。


誰だ、コイツは? なんて思ってみても仕方がない・・・間違いなく、俺だッ。


この時、桜子が悲鳴を上げた理由を初めて理解した。

すると、肩に置かれた桃代の手が、ポンポンと優しく叩いてくれたので、少し落ち着く事も出来た。


落ち着いて、まわりを見渡すと、心配そうな桃代と桜子の他に、あまちゃんがいる。

珍しく、お供の二人も連れている。

以前、滝で一緒に水遊びをした、あの二人だ。

ついでに、午前中に買ったプリンのからのカップが五つある。


・・・ ・・・ ・・・そうですか、またですか。


そんな、空中爆発でもしたような俺を、桃代は優しく手を引いて風呂場に連れて行く。

プリンが食べられずに、気落ちしていたのかも知れない。

崖から落ちた時に、頭をぶつけたのかも知れない。


切り傷擦り傷小さな火傷やけど、それらにシャワーを当てられて、そのみるような痛みで、やっと平常心を取り戻した。


「ももよ~ッ! なんで一緒に風呂に入ってるッ! 早く出ていけッ!」

「だって、紋ちゃん一人だと困るでしょう。傷口をきれいに流して消毒をして、治療までしないと・・・紋ちゃん、一人で出来るの?」


「うっ、せめてバスタオルを巻いてください。あなたの裸体が鏡に映ってますよ」

「はいはい、細かい事は気にしなくていいからね。それよりも、何があったの?」


「あっ! そうだ! マズいぞ桃代ッ。ピーチ仮面とダークピーチが言い争いをして神社が燃えてるッ!」

「うっ!! やっぱり・・・紋ちゃんは今度お医者さんに診てもらおうね。脳に障害があっても、わたしは見捨てないからね」


「おまえ・・・午前中も同じ事を言って俺をおちょくったよな。窓をけて山頂を見てみろ、煙が見えるはずだぜ」

けてもいいけど、いま凄い夕立ゆうだちだから雨が吹き込むわよ。ほら、一緒に見てみる?」


窓を開けるまでもない。

夏の夕方らしく、大きな雨粒が窓に叩き付けられている。

あれ? さっきまで晴れてたような気がするけど・・・もしかして龍神が?


【山火事にならなくて良かったね】桃代にそう言われ、その危険性を初めて俺は理解した。

そのあとは、何も反論が出来ずに、桃代の優しさに甘えてしまった。


風呂から出たあとで手当てを受けると、俺の身体からだは包帯だらけ、まるでミイラだ。

その痛々しい姿に、桜子は気の毒そうな顔をしている。

桃代の顔はウットリしている。


手当てが終わったところで、まわりを見ると、あまちゃんとお供の人はもう居なかった。

当事者の意味を確認したかったのに残念だ。


「ねぇ、紋ちゃん。さっき話に出て来たピーチ仮面とダークピーチって誰なの? どうして神社は火事になったの?」

「それだ、忘れてた! 桜子、戸締りは大丈夫か? 桃代、俺と一緒に確認するぞ」


「もうっ、紋ちゃんは動けないでしょう。そこでジッとしてなさい。わたしと桜子が見てくるから」


桃代は各部屋の点検をする為に、桜子をつれて居間を出て行った。

居間に残された俺は、リュックを手元に引き寄せると中から桃香の面を取り出した。


「おい、生きてるか? まだ喋れるか? 崖から落ちて悪かったな、恐かっただろう?」

「・・・大丈夫、もんちゃんがかばってくれたからね。わたしの心配より、もんちゃんは自分の心配をしなさい。エラい事になってるわよ」


「表面だけだから俺は大丈夫だ。それよりもおまえ、なんだあの呼び方は? 思わず笑いそうになったぜ」

「だって、あの子もわたしも桃香だもん、他に言いようがないでしょう」


「なあ桃香、ひとつ聞きたい。ダークピーチが言ってた、俺の死を願った当主は誰なんだ?」

「それを聞いて、もんちゃんはどうするの? でもまぁ、安心しなさい、菊江ではないから」


「えっ、菊江? なんで? 俺の母親は当主ではなかったぞ・・・えっ?」


あれ? 妙な情報が出て来たぞ。

これもこの騒動の一端いったんのような気がするのに、意外な名前が出てきたぞ。



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