第67話 火事

う~ん、栗(九里)より(四里)旨い十三里・・・焼き芋の別称。

江戸からサツマイモの産地の川越まで、川越街道を歩いて十三里。


いや~昔の人っていきな言い方をするね~


・・・って、つまらない事を考えてる場合じゃねッ!


俺は祭壇のうしろから急いで出ると、まずは桃香の面をリュックにれる。

神社の外ではパチパチと音を立て、すでに大きな炎が舞っている。

すぐに飛び出したいのを我慢して、俺は扉の向こうをコッソリ覗いて様子を探る。


やっぱりだ、日傘をさしたダークピーチは、神社から少し離れた場所でこっちの様子を見ている。

もしもこのまま出て行くと、俺はダークピーチに捕まって最悪の場合ミイラにされてしまう。だけど、ここに残っていれば焼き芋になる。

嫌な二択だ。


当然だが、俺は別の未来を選ぶ。


俺は扉から姿が見えないように祭壇のうしろに行くと、座ったままで壁板を蹴る。

大きな音がしないように、ダークピーチに気付かれないように、怪我をしないように靴を履いて壁板を蹴る。


いや~~昔の木造建築って一度火が点くと、一気に燃え上がるのね~


・・・って、そんな悠長な事を、考えてる場合じゃねッ!


燃え盛る音で、多少の音には気付かれないと思い、今度は力いっぱい壁板を蹴る。

しかし、ボロい建物のくせにビクともしない。


いや~~~昔の建物は作りがしっかりしてるね~さすがは日本の大工だね~


・・・って、そんなところに感心している場合じゃねッ!


命の危険を身近に感じた俺は、文字通り火事場のクソ力で、なんとか壁板を蹴破けやぶった。

割れた板の先端が、出て行く俺をイジメる。

傷だらけになりながら、やっとこさ神社の外に逃げだせた。


さて、これからどうする? 燃え盛る神社の向こうがわに、日傘の一部がまだ見える。

このまま神社が焼け落ちるまで、ダークピーチは待つつもりだろうか?

焼け落ちて遮蔽物しゃへいぶつが無くなると、俺はアッサリ見つかってしまう。

かと言って、ここに残っていれば、見つかる以前に燻製くんせいになる。


まわりに他の遮蔽物しゃへいぶつが無い、他に姿を隠せる場所がない。

急いで大蛇おろちつかまでダッシュをすれば、石碑のうしろに隠れる事が出来る。燻製になる事もない。しかし、必ず見つかる。

塚に入る仕掛けを動かしていると、必ず捕まる。


どうしよっかな~~ここに居ると無茶苦茶熱い。


逃げる方法、逃げられる道はひとつしかない。

うしろの崖だ。

崖を降りるしかない。

しかし、自慢じゃないが、俺は高所恐怖症だ。

高い所はヘビの次に苦手だ。


それを考えても仕方がない。

早く母屋に帰り、何処どこか遠くに避難するよう分家の連中に連絡を入れないと、また人が死ぬ事になる。


覚悟を決めて俺は崖をり始める。

高い場所は、下から見るとそうでも無いのに、上から見るとたいそう高く感じる。

しかも、目が回る。

ついでに【早く落ちて来い】そう地面に呼ばれている気がする。


俺は岩を掴み、草木を掴み、足を滑らせないように慎重にり続ける。

少しずつ、ちょっとずつ、上を見て、下を見て、ドジらないようにり続ける。


上を見て、ダークピーチが見下みおろしていたら一巻の終わりだ。

下を見て、熊が見上みあげていたら一巻の終わりだ。


バカな俺は、そんな事まで考えて注意を怠らない。

しかし、上と下を気にするあまり、目の前にある岩の隙間を見落として、そこから青大将が【こんにちは】をすると、一気に崖をりる事が出来た・・・一般的には落ちたと言う。


くそッ、青大将のヤツ! 俺に恨みでもあるのかよ! そう悪態をつくしかない。

身体からだのあちらこちらからズキズキと痛みがするが、結果的に早くりた。


次に、俺は道なき山中さんちゅうを駆けりる。

いつもの道を使うと、ダークピーチと鉢合わせをする危険性がある。

それを避ける為だ。


駆けりながらリュックからスマホを出すと、ざいえんあざみの二人に連絡を入れる。

電話に出ると状況を説明し、死んだ奴らの遺族を含めて全ての分家に連絡を回すよう指示すると、何処どこか遠くの場所に避難するように伝えた。


あとは母屋に戻り、桃代と桜子を避難させればいい。

魔外まがいつらなる者がヤツの狙いならば、当主の俺がなんとかするしかない。


バカな俺は、神社を燃やす炎が、山に延焼する可能性を想像しないままでいた。



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