第59話 真貝

夕食が終ると、俺は用事があると伝えて桃代と桜子に先に風呂へ入ってもらう。

俺の入浴中に桃代が乱入しないよう? そういう事ではなく、二人が風呂にいるうちに確認したい事があるからだ。


桃代が何かを言う前に、俺はスマホを取り出すと、トイレで録音した【もう変な事は言いません】その部分だけを繰り返し聞かせる。

桃代は【やられた】って、表情を浮かべると素直に言うことを聞いてくれた。


二人が風呂に入ると、俺は自分の部屋へ行き面が入る箱をける。

面が話し掛けるなら、何を言うのか聞いてやろう。

それが俺の確認したい事だった。


桃代と桜子が一緒に居ると、桜子はともかく桃代は必ず邪魔をする。

桃代が風呂に入り邪魔をされない今しかない。

最初は桃代に相談したあとで、確認するつもりでいたのだが、ヤツはこの件をけてるふしがある。

一人でやるしかない。


俺は面を手に取り顔の前に持ってくると、電話でもするように普通に声を掛けてみた。


「もしもし、聞こえますか? 聞こえたら返事をして下さい」

「・・・ ・・・ ・・・」


「お面さん、お面さん、俺の声は届いてますか?」

「・・・ ・・・ 誰じゃ、ワシを呼ぶ者は?」


声が届いた、返事をしてくれた、まるで喋るコックリさんだ。

聞いたことの無い、しわがれた声。

暗い夜道を歩いている時に、突然うしろからこの声で呼ばれたら、俺は全速力で逃げるだろう。


「えっとですね、オイラは紋次郎。あなたのほうが俺に話し掛けてきたんですよね?」

「えっ? もんちゃん! も~う、早く言ってよね。わたしだよ桃香だよ、やっと気づいてくれたのね。今度わたしとデートしようか?」


なんだ!? この180度は変わった喋り方! 更に明るい声に、ふざけた内容。

俺は、気づくと片手にノミを持っていた。


「ちょい!ちょい! もんちゃん、そのノミをどうすんの? 危ないことはしないでね」

「おい、おまえ、いま自分のことを桃香と言ったのか? おまえは千年前の桃香なのか?」


「いや~ん、おまえって、祝言しゅうげんげてないのに夫婦めおとみたい。なぁ~に、あなた」

「いいか! このノミを振り下ろされたくなかったら、聞かれた事に答えろ。俺は、あまり気の長い方じゃない」


「おいおい、もんじろう。そげな事をしたらワシも黙っておれんで。ええか、ワシは怖ろしい力を持っとるけぇね」

「!? い、いやだな~~やる訳ないでしょう。だってオイラ、まだミイラになりたくないもん」


俺も簡単に180度変わる、自分の情けなさを実感しながら。

ところで、コイツの喋り方と変な方言ほうげん、まるで龍神みたいだ。

もしかすると、桃香の影響で、龍神はああいう喋り方になったのか?


「それでは質問に答えてあげます。もんちゃんは、この桃香様に感謝をするように。え~と、わたしが桃香かどうか、聞きたいんだよね?」

「もういいです。あなたと会話をすると、俺まで龍神みたいなとぼけたヤツになりそう。では、さようなら。箱にしまって二度とけません」


「ちょ、ちょっと待って、お願いもんちゃん。千年ぶりに話が出来たんだから、少しくらい、はしゃぐのは仕方がないでしょう」

「いいか! 俺はおちょくられるのもおどされるのも好きじゃない。ノミを額に打ち込まれたくなければ、真面目にしろ」


「すみませんでした。もんちゃんは相変わらず厳しいね。わたしは桃香、気安くモモちゃんって呼んでね」


何処どこかで聞いた台詞。

いやいや、桃の字の入った名前なのだから、モモちゃんと呼んで欲しいのは自然なことだ。


「では、あなたが千年前に大蛇おろちと交渉して、真貝の本家を築いた桃香さんなんだな」

「真貝の本家って? なんのこと?」


そうか、コイツの時代は、まだ平民に苗字は無かったんだ。


「あのな桃香さん、今の時代は誰にでも苗字と名前がある。現在俺は、真貝紋次郎だ」

「へぇ~魔外まがいが苗字になったんだ。じゃあわたしも魔外桃香?」


「んっ、何か微妙に言い方が違う気がする。あのな、この字を書いて真貝だぜ」

「そうなの? わたしの頃は、魔者まものの魔に内外の外で魔外だったよ。だからね、他の村の人からは【魔外まがいの桃香さん】って、わたしは呼ばれてたのよ」


「ちょっと待て! その魔外の由来ゆらい何処どこから来たんだ?」

由来ゆらいって言われても、我が家は魔のものである、大蛇おろちの世話をしてたでしょう。そうすると、多少の魔手ましゅは寄り付かないの。だから魔外なのよ」


なんだ、その新情報は? じゃあ龍神が居なくなった現在は、魔手ましゅが寄って来るのか?

いやいや、それは関係ないだろう。

大蛇おろちのおかげで【魔手ましゅが寄り付かない】それが本当ならば、本家の出身だった俺の母親が事故で亡くなるはずがない。


更に桃香の話を聞いてみよう。



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