第57話 面

面の表情は昨日と違い、何時いつもの優しい表情に俺は見える。


しかし、他の奴らは違うみたいだ。

特に、男のあざみざいえんはうしろに下がり、間違っても面にれないように距離を取っている。

廊下の三人は下を向いたまま、げた両手を合わせて面をおがんでいる。

桜子と婆さんは険しい顔をしている。


桃代は何時いつも通りだが、あまちゃんに言われた通り、面をさわろうとはしない。

この面の何が怖いのか、俺にはさっぱりわからない。

そこで、俺が面を手にすると、桃代を除いた他の奴らは大きくその場からあとずさった。


「もんちゃん」

「んっ? なに? 桃代さん、何か用?」


「へっ? わたしは何も言ってないわよ。幻聴でも聞こえるの紋次郎」

「あれ? また? いえ、何でもないです桃代さん」


「も、紋次郎君、紋次郎君は大丈夫なの? このままだと死んじゃうよ! ミイラになっちゃうよ!!」

「慌てるな桜子、俺は問題ない。なあ、桜子の婆さん、思い出させて悪いんだけど、本当にこの面の所為せいで、貴女の家族は亡くなったのか?」


「は、はい、そうです。そうですが、どうして当主様は平気なんですか! この面が恐ろしくないのですか?」

「さぁ? 俺は恐ろしいと思った事は一度もないぜ。逆に聞くけど、おまえ達はどうしてこの面が怖いんだ?」


「紋次郎様、私達は幼い時から親やじじばばに【この面は肉付きの面、決してれるな、顔にかぶるな】と教えられました。実際秋野家の人間がかぶり、死ぬまで顔からはずれなかったのを見ております」

「うん、それは桃代から聞いた。でもあざみさん、ほら持っても大丈夫だぜ」


「当主様、当主様は持った面を手離すことも出来るのですか! 信じられません」

「秋野さん、そんなこと言ったって、実際に顔につけてもはずれるぜ。それに、今日は機嫌がいみたいだしな」


俺は顔にかぶったあとで、面を座卓の上に置いて手を離す。

面は俺が手にする前より、喜んでいるように見える。


「紋次郎様、機嫌がいとはどういうことでしょう。私には昨日と今日を比べても、面の違いが分かりません。紋次郎様には表情の違いが分かるのですか?」

「えっ? あざみさん、真面目に聞いてる? だって昨日と全然違うだろう」


「紋次郎様、言いにくいのですが、私には昨日と同じ、怖ろしい形相にしか見えないのですが・・・」

「紋次郎君、わたしもあざみさんと同じだよ。どうして表情が違うって、紋次郎君は感じるの?」


あれ? もしかして、俺だけ違いのわかる凄いヤツ? それとも単にヤバいヤツ?

はてさて、どうしよう、このままだと痛いヤツ扱いをされそうだ。


「いいですか分家の皆さん。当主は特別、あなた達とは違うのです。紋次郎に疑念を持つのはやめなさい」

「あっ、すみません桃代姉さん。紋次郎君に疑念を持った訳ではありません。単純に【凄いなぁ】って、感心してただけなんです」


「そう、それならいいわ。それで、あざみさんとざいえんさん、貴方達の爺様婆様達からは、何か有益な情報を聞けましたか?」

「はい、私もあざみさんも年寄連中から聞けたのは、その年寄連中も子供の時分に、面をかぶり死んだ人が居る。そんな話だけでした」


「そうですか。でもまあ、仕方がありませんね。これ以上の進展はなさそうなので、皆で神社にお参りをしたあとで解散にしましょう。いいですね紋次郎」

「うん、そうだな、桃代の言う通りだ。結論が出ない話をするのは、俺も好きじゃない」


俺と桃代は、またしても頂上までの坂道をのぼる。

正直、面倒くさい。


今回も俺と桃代が先頭を歩き、桜子とも他の奴らとも少し距離を取っている。

実のところ、ワザと距離を取っている。

桃代以外には聞かれたくない、内緒の話があるからだ。


分家の連中や桜子に小さい声なら聞こえない距離を取ると、俺は桃代に話しかけた。


「あのね、桃代さん。変なあなたに変な事を聞くのははなは遺憾いかんなんですが、俺の話を真面目に聞いてもらえます?」

「なに? 今でないとダメなの? あとで二人っきりの時ではダメなの?」


「あのね、二人だけになると、あなた途端に不真面目になるでしょう。俺は困るんですよ」

「も~っ、男の子のくせに面倒くさいわね。なんなの、聞いてあげるから話してみなさい」


何故なぜ、こんな威圧的な態度なんだろう?・・・耐えろ紋次郎。

こんなの嘘や理不尽、辻褄つじつまが合わないことを平気で言う客に比べれば、どうという事はないだろう。


「あのですね、面のことなんですけど、どうも俺に話し掛けてるような気がするんですが、桃代さんには何か聞こえませんでした?」

「わかりました。帰ったらわたしの膝枕ひざまくらで、耳かきをしてあげるから楽しみにしてなさい」


「桃代さん、真面目にって言いましたよね? ふざけてると、このまま滝つぼまで、ブン投げますよ」

「もう、投げるフリして、わたしに抱き付きたいのね。ダメよ、人目があるんだから今は我慢しなさい。その代わり、あとでたっぷり甘えさせてあげるから」


なるほどね、二人っきりの時じゃないと聞きたくない。

そういう事なのね。

コイツのこの手の誤魔化しかたは、面倒くさい。


このあと、お参りは何事もなく済んだので母屋に帰り、何かあれば連絡を取るようにして解散するが、桜子の婆さんが妙なことを言いだした。


「桃代様、紋次郎様。図々しいお願いなんですが、桜子を4~5日預かってもらえないでしょうか?」

「どういう事かしら秋野さん。桜子を預けて貴女はどうするの?」


「はい、こんな時に申し訳ないのですが、私の実家で法事がありまして、桜子が一緒に行くのを嫌がるもので、そのかん一人にするのは心配ですから、こうしてお願いをしております」

「婆ちゃん、わたしはもう子供じゃないんだよ。今までも一人暮らしをしてたんだから平気だって」


「勝手な事ばかり言って申し訳ありません。しかし桜子に何かあれば、我が家は途絶とだえてしまいます。もちろんそのかんは、掃除そうじや洗濯なんでもさせますので、お願いします桃代様、紋次郎様」

「まあ、いいんじゃない桜子なら。紋次郎、かまわないよね?」


「ああ、俺は別にかまわないぜ。ただし、俺の部屋は掃除そうじしなくていい。洗濯も俺の分はするな」

「ありがとうございます。桃代様、紋次郎様。桜子は御二人の言う事をよく聞いて、ちゃんとお手伝いするのよ」


「すみません桃代姉さんも紋次郎君も。ウチの婆ちゃん心配性で、わたしはなんでもします。こき使って下さい」


なんか妙な事になってきた。

婆さんの急な頼みなのに、最初は遠慮したくせに、桜子は大きなバックを持っている。

最初から桃代と桜子の出来レースのような気がする。


バカたれが、面の相談が出来ないだろう。

仕方ない、桜子に危険が及ぶのは忍びない、少しのあいだは諦めよう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る