第52話 攻防戦

あきらめた末に、俺は桃代の子分に返り咲いた。


食事をとりながら、俺は大きなため息をつく。

当主の俺を無視して上座かみざには、大御所気取りで桃代が座っている。

俺はつい【家康かッ!】そう言いそうになった。


食事が終わりくつろいでいると、小さく寂しそうな声で、桃代が気になることを話し始めた。


「ねぇ、紋ちゃん。紋ちゃんは呪いなんてあると思う?」

「ん? 突然なんの事だ?」


「仮にだよ、死んだあと、自分の墓をあばかれたら、紋ちゃんはあばいた人を呪う?」

「俺は死後の世界を知らない。仮に魂が存在しているのなら、墓をあばかれて自分のむくろを雑に扱われる。呪ってやりたくなるかもな」


やはりそうだ。

御神体は何か呪いのような力を持っている、桃代はその正体に気づいている。だから、こんないきなりな事を聞いてきたんだ。

チャンスだ、桃代が隠していることを聞けるチャンスだ。


「桃代、でもそれは少しおかしくないか? 約千年のあいだ何も無かったのに、どうして今になって呪いが発動したんだ?」

「へっ? 約千年? なんの話なの?」


「いや、御神体の桃香の話ではないのか?」

「違う、違う。わたしはねっ、ツタンカーメンの呪いの話をしているの。どうして、カーター博士は無事だったのかしら?」


「ももよ~ッ! 何故なぜ、このタイミングでその話をする! 他に話す事があるだろう!」

「怒んないでよ。紋ちゃんのミイラには、あばかれた時に呪いが発動するようにしておくから」


阿呆あほうッ! そんな事を言ってんじゃねッ。俺が先に死んで勝手にミイラにしたら、おまえを呪ってやるぞ!」


桃代が隠している何かを聞けると期待したのに、俺がバカだった。

俺は話を切り上げると、頭を冷やす為に風呂にはいろうとするが、か桃代がついて来る。

手にはバスタオルの他に、着替えの下着も持っている。


「桃代さん、どういうつもり? 風呂に入るつもりなら、お先にどうぞ」

「え~~ 一緒に入ろうよ。小さい頃は一緒に入って身体からだを洗ってあげたでしょう。今度は紋ちゃんの番ね」


「桃代さん、いい加減にしないと、本当にぶっ飛ばしますよ。あなたには羞恥心が無いんですか?」

「えっと、わたしのスマホは何処どこかしら? 確か何でもするって、紋ちゃんは言ってたよね」


「バカめッ【降参する、何でも聞く】とは言ったけど、何でもするとは言ってない。もう一度録音したモノを聞いてみるんだな」


桃代が録音の確認をしているうちに、俺は急いで風呂に入ると鍵を掛ける。

そして、ヤツが鍵を壊して乱入する前に、素早く身体からだを洗うと湯船にかることなく風呂を出る。


風呂から出ると、悔しそうな顔をした桃代と交代するが、ヤツは鍵を壊す為の道具箱を手にしていた・・・間一髪だった。

しかし、これが毎日続くと、げんなりだ。


もちろん、俺は桃代が嫌いではない。

昔の記憶を取り戻した今は、初めて好きになった女性で、唯一好きになった女性なのを思い出しているからだ。


ただ、昔とくらべて、俺の気持ち以外はいろいろ違うのだ。

特に大きく変わった身体からだの部位は、昔とくらべものにならない。そこはもっと自覚してほしい。


風呂から上がると、俺は居間で涼みながら考える。

四人の人が死んだこと、御神体と正体不明な女性のこと、その中でも気掛かりなのはあまちゃんが言った、俺が当事者だということだ。


なんでだ? 今回、松慕まつぼ達が死んだ件にも、俺は関係しているのか? 

苦手な人なので考えないようにしていたが、そもそもあまちゃんって何者なんだ? 

桃代が馴染なじんでいるので、悪い人ではないのだろう。


そんな事を考えていると、急に背中が重たくなった。

振り向くと風呂上がりの桃代が、うしろから抱き付いている。

ちゃんとパジャマは着ているが、とにかく背中に当たるモノが柔らかい。

俺を誘っているのか? 揶揄からかっているのか? どちらにしても、このままほうっておくと図に乗るので、すぐにどいてもらう。


しぶしぶ離れた桃代は台所に行くと、冷えた麦茶の入ったグラスをふたつ持って来て、ひとつを俺に差し出して話を始めた。


話の内容はエジプト神話のようだった。

オシリスが弟のセトに殺されて、その身体からだをバラバラにされると、エジプト中にバラ撒かれて捨てられた。

それを、オシリスの妹で妻でもあるイシスが拾い集めると、包帯を巻いて元通りにした。

それが最初のミイラなんだよ。


なんて話を聞かされても、俺は心底どうでもいい。

それよりも、考えるべき事がたくさんあるのに、ヤツが俺の思考の邪魔をする。


適当に相槌あいづちを打っていたが、そのうち眠たくなって来た。

当然だ、今日は二回も頂上まで歩き、一日中バタバタしていたのだから。


俺は桃代に【おやすみ】を言ったあとで、自分の部屋に戻り布団の上で横になる。

すると、桃代が隣の部屋にやって来て、どうでもいい話の続きを始める。

眠たい俺は、当然無視する。


しかし、ヤツは話をやめない。長い筒状なモノを俺の耳元まで伸ばして、延々えんえん喋り続ける。

そこで、やっと俺は気が付いた。

さっき言った【何でも聞く】を実行してるんだ。


転んでもただでは起きないヤツ、このままでは一晩中喋り続けて俺は寝不足になる。

この時、俺は二度目の降参をさせられた。



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