第44話 UFO?

翌日、目を覚ますと台所に行き、まずは水を飲む。

桃代と桜子は、朝食の用意をしている。


あまちゃんは、夜が明けると帰ったそうだ。

本当に一宿一飯いっしゅくいっぱんなんだな、朝ごはんくらい食べて行けばいいのに。


食事が済むと、俺と桃代、それから桜子の三人は別々に行動を始めた。

桜子には一旦自宅へ帰ってもらう。奴らに桜子と裏でつながっているのを知られると、下手へたな勘違いをされて、コイツに危害が及ぶ可能性があるからだ。


桜子には、また変装をしてもらい自宅へ帰したあとで、俺は桃代に言葉を掛けた。


「モモ、昨日言った通りに準備をしておけ。俺は少し出掛けて来る」

「うん、わかった。それで、紋ちゃんは何処どこに出掛けるの?」


「アレだ、龍神の為にお好み焼きを買って来る。ヤツには世話になってるからな」

「じゃあ、わたしも一緒に行く。わたしがよく行くお店ね、カップルで行くとハート型に焼いてくれるんだよ。でも、注文するカップルはあまり居ないんだって」


「ももよ、なんの話をしている。おまえと出掛けて分家の連中に見つかると、作戦が台無しだろう。あと、ハート型のお好み焼きをカップルが喜ぶ訳ないだろう。真ん中で半分に割られるんだぞ」

「あっそうか、そういう理由で注文しないんだ。紋ちゃんって、意外とロマンチストなんだね」


ロマンチスト? ロマンチストって何か違うような気もするが、追及すると面倒なので、そこは無視すると、俺は桃代に気付かれないように荷物を持って出掛ける。


龍神の為にいろいろ買い込んで、えらい出費になってしまった。

早く次の仕事を見つけないと、俺は自然とミイラになってしまう。

もちろん、彫金師になるつもりは無い。


買い物を済ませると、俺は汗をかきながら山道をのぼる。

いい加減、この山道にもれてきた。


頂上に着くと、まずはまわりをうかがう。

午前中とはいえ、昨日と同じような事があると、やはり怖い。

幸い頂上には誰もいなかった。


しかし、何処どこかに隠れているかも知れない。

隠れていたヤツに突然うしろから肩を叩かれて【紋次郎】そう名前を呼ばれたら、俺は死ぬほど驚くだろう。

そして荷物を落として砂だらけになったお好み焼きに、龍神はガッカリするだろう。


何度もうしろを振り向きながら、急いで塚に入ると、龍神は起きて待っていた。


「あれ? もう起きてんの龍神?」

「いやだって、ソースのええ匂いがするけぇ、目が覚めたんよ」


「ふふふ、今日はおまえの望み通りの物を持って来た。しかもデラックス焼きだぜ」

「ウソ! ホンマに! んっ? ちょっと待てよ。はは~ん、わかった。ワシに頼み事があるんじゃろう? じゃけぇ、こがいにサービスがええんじゃろう」


「バカ、そんなつもりはねぇよ。いいから味わって食え」

「がはは、ごめん、ごめん。そういやぁ桃代と紋ちゃんは、ワシに頼み事をしてないのぅ」


デラックス焼きを袋から取り出して龍神の前に置くと、ヤツは美味そうに食べ始めた。

俺は食べ終わるまで、ずっとその姿をながめていた。


「食べ終わったか? よし、じゃあ俺について来い。外に出るぞ」

「なんじゃい、やっぱりワシに頼み事か? まあええわ、桃代と紋ちゃんには世話になっとるけぇ」


龍神はあまりピンと来てないようだった。

外に出ると、俺は大きくびをして身体からだをほぐす。


龍神は塚の前でとぐろを巻いて、太陽を浴びながら大きな欠伸あくびをしている。

牙が青のりだらけだった。


「うわ~明るい所で見ると、さすがにデッカイな。全長20メートルくらいはある?」

「さぁ、ようわからんけど。それよりええんか? こげな明るい場所にワシを出して。もしも誰かに見つかったら、ワシのが動物園になるで」


「安心しろ。そんな所でおまえを見せ物にする気は無い。おまえは自由にしろ」

「ハァ? なんの事じゃ? 言われんでも、ワシは自由じゃけど」


俺は龍神の前で正座をすると、袋の中からデカい桐箱を取り出す。

取り出した箱を開けるとおおってある綿を取り除き、龍神の前に逆鱗を差し出した。


「龍神様、千年にわたる長いあいだ、本当にお疲れ様でした。貴方様に受けた御恩は、生涯忘れません。今までの当主を代表しておれいを申し上げます」

「えっ? ちょ、何これ? 紋ちゃんは、ワシを揶揄からかおうとしとる?」


「いいえ。貴方様は、邪悪な大蛇おろちでありながら人々に尽くし、ついには神である龍神様になられました。そのおかたを、あのような穴倉あなぐらに閉じ込めておくのは失礼千万。まして逆鱗を盾にして、貴方様をあやつるなどあってはならない。この逆鱗はお返しします」


俺は正座をしたまま両手を地面につけて、頭を下げておれいを言う。


「紋ちゃん、頭を上げてって。そりゃあ嫌な当主もおったけど、紋ちゃんはワシに何も頼んだ事はないじゃろう」

「龍神様、貴方は神になったのです。貴方の罪は許されたのです。どうかこの逆鱗を受け取って自由になってください」


「紋ちゃん・・・もしかしてワシが嫌いになったんか? それじゃったら仕方がないけど」

阿呆あほうッ! こんな穴倉あなぐらの中で約千年、頑張ってきたおまえを嫌いな訳ないだろう。むしろ尊敬してるぜ」


「ホンマ? じゃったら、今まで通りでええじゃろう。なんでワシを追い出すん?」

「あのな龍神、おまえはもう神様だ。こんな穴倉あなぐらに居ていい存在ではない。まして、人にいいように使われる存在でもない。龍になり自由に空が飛べるんだ。天に昇り、余生を楽しめよ」


「そうなんか? ワシは好きにしてももええの? 紋ちゃんはワシがらんでも大丈夫なんか?」

「大丈夫だよ。桃代を助けてくれた事には、本当に感謝してる。あとは任せろ」


何か納得してない感じだが、ヤツは吸い込むように逆鱗を飲み込んだ。

暫くすると浮き上がり、その下顎には新しい逆鱗がえていた。

それだけではなく、手もえ、足も大きくなり、立派な龍神様になっていた。


「おっお~さすがは龍神様、カッコいいな。あとは手に宝玉ほうぎょくを持ってると完璧だな。おまえが持ってる二つのたまを切り落として、手に持つか?」

「紋ちゃん、それはシャレにならんからやめてな。紋ちゃんだって、タマタマを切り落とされたらイヤじゃろう」


「冗談だよ。でも、おまえが自慢したんだぜ【ワシは二つたまを持ってる】って。まあでも、手がえて良かったよ。これ、餞別せんべつのお好み焼きをもう一枚と、俺の好きなお菓子をたくさん入れといたから、腹がいたら食べてくれ」

「なんか気を遣わせて悪いね。じゃあワシは行くのぅ。紋次郎、短い間だったが世話になった。桃代と仲良く暮らせよ」


「龍神様、長い間本当にありがとうございました。俺が死に、何処どこかでまた会えたなら、一緒にえびせんを食べましょう」

「うむ、紋次郎、元気でな。ではさらばじゃ」


龍神は、薄っすらと姿を消して空にのぼっていく。

俺は、ヤツの姿をずっと見続ける。


龍神は遥か上空で、七色の光を発してかがやくと、その姿は完全に見えなくなった。

龍神の姿が消えると、空を舞いながら使い道のない鱗が一枚、俺の手元に落ちて来た。

光が当たると色が変わって美しい。

ヤツなりの餞別せんべつなのかもしれない。


変なヤツだけど、憎めないヤツ。余計な事を言うくせに、それを許せるヤツ。


ただし、最後にかがやいたのは蛇足だろう。

ヤツが発した光の所為せいで、UFOを見たという人があふれかえるのだけは確かだ。



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