第45話 青二才

龍神の姿が見えなくなり、不覚にも俺は泣きそうになった。

これから分家の連中とやり合うのに、情けない姿は見せられない。

俺は気合を入れる為に、握りこぶしに力を込める。


「龍神、短い間だったけど楽しかったぜ。元気で暮らせよ」


空を見上げていた俺は小さくつぶやき、ヤツに別れを告げる。

感傷にひたるつもりはない。

それなのに、視線を戻して振り向くと、また泣きそうになった。


少し前方に、女の人が立っている。

なんでこんな昼間に出てくるんだよ! もちろん夜中はもっとイヤだけど。


どうしよう? うしろは崖だし、前には得体の知れない女の人がいる。

大きく回り込んで、逃げるしかない。

そんなふうに考えていると、女の人が声を掛けて来た。


「紋ちゃんおぬし、何をソワソワしておる。膀胱ぼうこうに限界でもきたのか?」

「えっ?・・・あまちゃんさん・・・もう! 驚かさないでくださいよ」


「なんの事じゃ。何故なぜわれを見て驚く必要がある。無礼であるぞ紋次郎」

「あっ、いえ、すみません。御神体が黄泉返った。なんて桃代が言うもので、てっきりその人かと・・・すみませんでした」


「まぁよい。龍神は居なくなったのか? 龍神が居なくて、おぬしはこの先なんとかなるのか?」

「あはは、なんとかします。龍神は神様ですから、人のみにくあらそいに巻き込むのは間違いです。ましてアイツは千年も頑張った、もう自由になるべきですよ」


「うむ、そうじゃな。しかしじゃ、おぬしのような青二才あおにさいが欲の皮が突っ張った老人共に、太刀打ちが出来るかのう?」

「あはは、それに対しては手を打ってあります。桃代を殺そうとした事を、死ぬほど後悔させてやります」


「ふふ、そうか。では、お手並み拝見といこうかのう。ただし、昨日も言うた通り、これは前座じゃ。このあとも、よく考えて行動するのじゃぞ」

「このあとって、やっぱり御神体の事ですよね? あまちゃんさんは、何か御存じなんですか?」


「さてな、われは部外者。まずは、当事者であるおぬしがよく考えてみることじゃ」

「はい、今のところよくわからないですけど、考えてみます。それでは急ぎますのでこれで失礼します」


俺は軽く一礼いちれいして、あまちゃんと別れる。

そして考える。

なんだ、なんで俺が当事者なんだ? 当事者ってどういう意味だ? そんな記憶はないけれど、神社にまつられていた御神体に、幼い俺は何かイタズラでもしたのかな?

あの人は何か知ってそうだけど、教えてくれないよなぁ。


いろいろ考えながら山道をくだり母屋に戻って来たが、なんだろう? あまちゃんの言葉が酷く頭に引っ掛る。


当事者の意味がわからずに無意識に鍵を取り出すと、玄関をけた時点で気が付いた。

いま、誰か俺の肩を叩いた。

【紋次郎】そう、小さな声で俺の名前が呼ばれた。

結果は同じだが、尿意とは別の理由で膀胱ぼうこうが活動し始めた。


俺は急いで中に入ると、仏間に行ってお経をとなえる。もちろん両手を合わせてだ!


「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経! 俺はまだ何もしてないぜ! なんで俺に取り憑くの!」

「・・・紋ちゃん、何を言って、何をしているの? わたしだよ桃代だよ」


「へっ? モモちゃん?・・・テメエ! ビックリするだろう! お願いだからおどかさないでよ」

「何言ってんの! 紋ちゃんがわたしに【姿を消せる用意をしてくれ】って、言ったんでしょう。だからこの暑いのにミイラ姿なんだよ」


「そうじゃない、姿を消して俺に近付くな。おまえは俺を驚かせたいだけだろう」

「えへへ、ちょっとだけだよ。それよりも汗疹あせもが出来たらあとでお薬ってよね」


「ももよ、それは桜子に頼め。どうせおまえの事だ、そのデカい乳を見せつけて俺を揶揄からかうつもりだろ」

「失礼ね! わたし、そんな下品な真似はしないわよ。紋ちゃんは、わたしをなんだと思っているの!」


「あのな~ももよ。寝ぼけて裸になったり、裸エプロンで料理をしたり、ひものような水着を着ようとしたおまえに、なんで俺は怒られるんだ?」

「あ~~あったね、そんな事も。ほら、その頃は、紋ちゃんが昔の事を思い出さないから、わたしもいろいろ必死だったのよ」


「それは、どうでもいい。それからな、よく聞け桃代。逆鱗は龍神にかえした、ヤツはもう居ない。俺の勝手な判断で、おまえに相談しなかったのは悪かった」

「そう・・・もう、龍神様いないんだ。さみしくなるね。でもね、紋ちゃんは間違ってない。正しい事をしただけ、龍神様は喜んでるよ」


「そうだな、桃代は理解してくれると思ったぜ。でも、分家の連中は反発するだろうな。龍神のおかげで稼いでた金の、おこぼれが貰えなくなるもんな」

「紋ちゃん、知ってたの?」


「そりゃあ知ってるさ。そうでなければ面倒な神社の管理を、分家の連中がやる訳がない」

「高度成長期からバブル崩壊まで、治水工事で大蛇おろちを使い、随分と荒稼ぎをしていたみたいね。本家の人達は・・・」


「イヤな爺さん婆さん達だぜ。ここにある遺影は全て取り外そうと思ってる。桃代、悪く思うなよ」

「いいよ。わたしもマミーの顔を見たくないし、お爺様とお婆様は嫌いだから」


やはりそうだ、桃代は蘭子さんに対して何か秘匿ひとくしている。

死因を秘匿ひとくしたのもそうだが、この能天気な桃代が、人を嫌うのは余程の事だと思う。

無事に分家の件が片付いたら、聞いてみようと思う。


ただし、素直に教えてくれないだろうから、何か交換条件を考えておこう。



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