第38話 さくら

ノートを見られて桜子に対する疑惑を知られた俺は、開き直ることにした。

桜子に対する疑念を失くし、味方として信頼する為だ。


居間に戻ると、桃代は台所で何処どこに何があるのか、桜子に教えている。

桜子が桃代に向ける笑顔にはあやしい感じは無い。屈託なく感じられる。


そのうち、珈琲カップをお盆にのせて戻って来た。


「よし桜子、俺の疑問に答えろ。おまえに対して疑念があると、この先危険だからな」

「危険? どういう事なの、紋次郎君」


「おまえは桃代が殺されかけたのに、危険がないと思っているのか?」

「エッ! ウソ! そうなの桃代姉さん」


「うん、そうだよ。だから、今のわたしは行方不明っていう事になってて、紋ちゃんが当主になったんだよ」

「ちょっと! 何やってんのよ紋次郎君ッ! 桃代姉さんを危ない目にわせたらダメじゃない!」


「ももよ~ なんで事前説明をしてないんだ。連絡を取り合ってたんだろう」

「さくら、おいちゃんはねぇ、さくらに心配を掛けたくなかったんだよ~」


「桃代、疲れるから変な小芝居はやめてくれ。ここは、とら屋じゃねぇ!」

「プッ、ププ、桃代姉さんが別人。こんな、ふざけた桃代姉さんを見るのは初めて。じゃあ、ここに居るのは紋次郎ではなくて、寅次郎?」


なんだ? この桃代の余裕は? 自分が殺されかけたのに、この余裕。

もしかするとコイツはトンデモない大物おおもので、俺は小物こもの? どちらにしてもムカつく。


「えっと、桃代は無視して続けます。まず桜子、おまえが俺と同じ職場いたのは偶然か?」

「そんな訳ないでしょう。紋次郎君に悪い虫がつかないように、桃代姉さんの指示よ」


「ち、違うのよ。紋ちゃんが他の女の子になびかないようにとか、そうゆう事ではないのよ。スカラベが、スカラベが紋ちゃんを食べないように」

「ももよ! 俺はラクダのフンでも、牛のフンでもない。ハムナプトラじゃあるまいしフンコロガシが俺を喰う訳ないだろう!」


「あうっ、ごめんなさい。でもスカラベはケプリっていう太陽神ラーの形態のひとつなんだよ」

「どうでもいい! そんな情報! 桜子次だ、俺達がここに仕事で来た時、おまえはここが本家だとは知らなかったのか?」


「知らないよ。【本家は怖い所だから近付くな】って、婆ちゃんに言われてたし」

「そうか。あと、俺がここに来た時、家の中がきれいに掃除がされていた。おまえは何か知ってるか?」


「うん、紋次郎君と駅でお別れした数日前【新しい当主様が来るかもしれないから掃除しろ】って松慕まつぼさんに呼び出されて、婆ちゃんと二人で掃除に来たよ」

松慕まつぼが? その時、鍵はどうした? 家の中に変なところはなかったか?」


「鍵は開いてたよ。あと変なところって言われても、この家は変な部屋だらけだよね。その時は変だと思ったけど、さっき桃代姉さんの希望を聞いて納得した。紋次郎君はこれから大変だね」

「そうですか。すまん桜子、おまえに対する考え方を改める。おまえも桃代に振り回されている一人なんだな」


「いいよ、それくらい。それと【明日ここに来い】って、松慕まつぼさんから招集が掛かったけど、何かあるの?」

「あれだよ、前回おまえ達が来た時に【逆鱗はどうした】って話になっただろう。あれの約束を果たす為だよ。ついでに代替わりした、草生そうせいの後釜を紹介する気なんだろう」


「ふ~ん、それよりも、桃代姉さんが殺されかけたのはなんで? 犯人は捕まったの?」

「まだだ、いまそれを含めて調べている。桃代、おまえをおどして当主を降ろそうとしたのは、どの分家なんだ?」


「わかんない。普通にパソコンで作った文書が、ポストにはいってただけだから。下手に警察に届けても、警察には分家のざいえんがいるし、その頃の紋ちゃんは役立たずだったし・・・」

「桃代さん、また余計な事を言ってますよ。あなた、そのうち比婆ひばゴンの餌にしますよ。それから桜子、少し教えてくれないか。俺は松慕まつぼから【神社と塚を守るのが分家の使命】そう聞いたけど、具体的には何をするんだ?」


「そうね、基本的には掃除とお供え物をする事かな。でもここ何年か、わたしの婆ちゃん以外は、まともにやってなかったようだよ」

「なんだそりゃ? じゃあ、分家の使命を果たしてないじゃん。どうして使命を果たしてない? 何か理由があるのか?」


「さぁ? わたしは知らないけど、婆ちゃんが言うには【みんなは怖いんじゃろう】だって」

「怖い? 桃代、おまえは何か知ってるだろう。おまえを守る為にも、知ってる事は教えてくれ」


「だって、わたしが何か言うと、紋ちゃんは怒るんだもん。わたし、比婆ひばゴンに食べられたくないし」

「うっ、ごめんモモ。別に怒ってるつもりはないけど、言い方がキツかったかも知れない。気を付けます」


「ねぇ、紋次郎君も桃代姉さんも、さっきから出てくる比婆ひばゴンってなんですか?」

「え~ッ、桜子は知らないの? 比婆ひばゴンはね、比婆山ひばやまに住むゴンザレスさんよ」


「なぁ桜子、俺の言い方がキツくなる理由がわかるだろう。桃代に何か聞くと、答えを聞く前に、この戯言たわごとに付き合わされるんだぜ」

「うっ、桃代姉さんって、必要なこと以外は喋らない無口な人だったのに。紋次郎君の言う双子説も、あながち間違いとは思えなくなってきた」


桃代の双子説は、さすがに無理がある。言い出しっぺは俺だが、俺もそう思う。

ただ、いろんな可能性を考えないと、俺のような凡人はすぐに行き詰るのだ。


俺は落ち着いて、桃代の答を待つことにした。



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