第39話 逆再生

桃代は滑走路みたいなヤツだ。

話の離陸と着陸の時、余計な摩擦をぶち込んでくる。


俺と桜子は何も言わずに、桃代が口をひらくのを待っている。


「んっ? 二人ともどうしたの? 急に静かになったけど」

「あのですね、桃代姉さんが話をするのを待ってるんです」


「あっ、あ~そうそう、ゴンザレスさんの事ね。あの人は人を食べたりしないと思うわよ」

「あっ、いえ、そちらではなく、わたしの婆ちゃんの言う【怖い】の方です」


「んっ、桜子のお婆さんって怖いの?」

「いえ、わたしの婆ちゃんは優しいですよ」


「ももよ、何時いつまでもふざけてると死んだあと火葬にするぞ。そのあとはナイル川に散骨するぞ」

「ヒ~ッ、すみません。もう、ふざけません。真面目に話します」


「ねぇ、紋次郎君。死んだあとに火葬するのは当たり前なのに、桃代姉さんは何をあわてているの? 散骨されるのがイヤなの?」

「そうじゃない。ヤツの壮大な三千年計画のさまたげになるから、あわてたんだ」


桃代の三千年計画、それを桜子に話すつもりはない。

言えば俺まで同類に見られて白い目を向けられる。


「えっと、それでは、分家の皆さんが怖れている理由を話します。ドンドンパフパフ」

「紋次郎君、桃代姉さんは熱でもあるの? 見たことのない、モチベーションなんだけど」


「いいか桜子、桃代は俺に対して、あれが普通だ」

「そこ、さっきからゴチャゴチャうるさいよ。年上のわたしが教えてあげるんだから、黙って聞くのがすじでしょう」


「あっと、すみません桃代姉さん。ミイラのように静かにして聞きます」

「むふ、桜子もミイラになりたのね。でもまだダメよ、ちゃんと手順があるからね。まずは身体からだの洗浄をして内臓を取り出すの。それが終わると身体からだの形成をして、身体からだと内臓の乾燥。最後に亜麻布で梱包よ」


「ももよさん、か・そ・う・し・ま・す・よ!」

「ヒーッ、それだけは勘弁してください。ふざけてないです。桜子がミイラに興味ありそうにしてたから、ちょっと説明しただけなんです」


「いいからさっさと話せ! 横道にれるな!」

「は~い、すみませんでした。ではでは、収穫祭の時に御神体様の着替えをする話はしたでしょう。その時の手順として、着替えは当主と、各分家の代表の奥さんがするの。当たり前だよね、御神体の桃香様は女性なんだから」


「桃代姉さん、わたしの家のように、父に配偶者が居ない場合はどうなるんですか?」

「その場合、まずは婆様。次に娘。それでも居ない場合だけ、その分家の代表が御神体様を見ないように、下を向いて手伝うの」


「では、今後はわたしが手伝うんですね。当主の紋次郎君は当然として、桃代姉さんも手伝うんですか?」

「その予定だったけど。ほら、御神体様が出掛けちゃったでしょう。帰って来ないと難しいわね」


「桃代、御神体が出掛ける訳ないだろう。いい加減、その言い回しはやめろ」

「だって、御神体様はここ何年かで逆再生してたんだよ。だから、もう歩けるはずだよ」


「えッ?!」

「だからね、みんな怖がってるの。桃香様は、わたしがなろうとしてるぷりっぷりっなミイラになったのよ」


「モモちゃん、そういうのはやめようよ。本気で怖いじゃない」

「なんのこと? 紋ちゃんは、わたしの言うことが信じられないの?」


「ももよ~ッ! その重大な事をどうして今まで教えてない! てか、聞きたくなかったけど。この家は何処どこまで怪奇が蔓延まんえんしてるんだ!」

「何言ってるの? ちゃんと【出掛けた】って言ったじゃない。それに、紋ちゃんは千年後に、同じ事をする予定なんだから、桃香様に会ったら、その方法をちゃんと教えてもらいなさい」


「桃代さん、御神体は喋る事も出来るの? 意思疎通がとれるのッ!」

「あたり前でしょう。【紋次郎は何処どこだ】って、言ってたよ」


「やめろ! そんな怖い事を言うな! おまえ、ふざけるなって言っただろう!」

「あはは、桃代姉さんの冗談をに受けて、紋次郎君ってみっともない」


桜子は、はなから桃代の話を信じてない。

しかし、俺は桃代を信じている。

コイツはふざける事はあるが、嘘はつかない・・・と思う。

だから、本当は嘘だと言って欲しい。


しかし、桃代の言うことが事実なら、あまりにも現実離れしている。


もしも、本当に桃香のミイラが黄泉よみかえったなら、その理由はなんだ?

約千年、何も変化がなかったはずなのに、どうして今なんだ?

大蛇おろちが龍神になり、神になったからなのか? 桃香も一緒に神になったのか?


それはあり得ない。

大蛇おろちは過去を反省し、その力を人々の為に使い、感謝されてあがたてまつられた。だから龍神になれた。


では、桃香はどうだ。

反省しなければならない、悪事を働いた過去はない。

もちろん、悔いなく死ぬ人はいないと思う。

だが、具体的に何か力を貸した訳では無い。

しかも大蛇おろちと違い、桃香は既に死んでいる。


むくろがミイラとして保存されているとはいえ、あがたてまつられたくらいで、死者が神となり黄泉よみかえるのなら、既にこの世はゾンビの神だらけだ。


桃代の三千年計画は、先を越された事になる。



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