第35話 餌

帰り際、桃代と二人で神社の中を覗くが、やはり御神体はいなかった。


幼い頃の話をしながら母屋に戻り、桃代が電話をするのに居間から出ると、俺のスマホにも着信があった。

スマホの画面には松慕まつぼの名前が表示されている。


松慕まつぼの用件は、分家をれて、明後日あさってここに来たいという事だった。

それに関しては、逆鱗の写真を見せる約束だから問題ない。

奴らの出方を探る、チャンスかもしれない。

俺は二つ返事で了承した。


桃代にも分家が来ることを話して、念の為に軽く打ち合わせをしておいた。

まずは、第一の正念場になるかもしれない。


打ち合わせが終わると、明日あしたの午後は来客があると桃代に言われて、家に居るように釘を刺されるが、幽霊問題が解決したからなのか、桃代は昔のように俺を子分として扱い始めた。

まあ、確かに【昔のように俺を子分として扱う気は無いんだな?】そうは言ったが、本当に子分扱いするとは、油断のならないヤツ。


次の日の午前中、俺は確かめたい事があるので、桃代を残して、またのぼるのが面倒くさい、そんな事を思いながら坂道をくだっていた。


あざみ商店の前まで行くと、店先で掃除そうじをしていたあざみは、手を止めて何か言いたそうにしている。

あとあと面倒くさい坂道を俺がりた理由、それはあざみと話をする為だった。


俺を見ているあざみに【仕方がない】そんな素振りで近付くと、店の前にある冷凍庫から氷菓を一本取り出して、金を払う。

【おだいは結構】なんて言われても、俺は金を払ってお釣りをもらう。

たかが数十円の為に、借りを作りたくない。


なんでも屋にいた頃に、バイトの若い女が【彼氏が食事代を割り勘にする】なんて愚痴をこぼしていたが【借りを作らなくて良かったじゃん】俺はそう答えた。

もちろん、それ以降ケチな男と決めつけられて、誰も俺を食事に誘わなくなった。


俺は包装紙をゴミ箱代わりの一斗缶に捨てると、あざみが声を掛けやすいように店先で氷菓を食べ始めた。


「あ、あの~紋次郎さん・・・」

「あっ、そう、そう、和尚さんが亡くなったんだって、松慕まつぼさんから連絡があって驚いちゃったよ。あざみさんは葬儀に参列したの?」


「へっ、あ、あ、そうですね、参列しましたよ。さすがに寺だけあって滞りなく。ただし最後のお別れの対面は、なかったですが」

「ふ~ん、お別れの対面がないのは、この辺の風習なんですか?」


「いえ、そういう事ではなく、の予約時間が迫っていたそうですよ」

「ふ~ん、世知辛せちがらいですね、死んでからものんびり出来ないとは。御神体みたい」


「うっ、紋次郎さん、その事はご存じなのですか?」

「そりゃあ知ってますよ、だって当主ですから。ただね、俺が当主になる前に御神体は盗まれたみたいじゃないですか。誰ですかね、そんなばち当たりな事をするヤツは? もしかして、山に消えた蘭子さんだったりして」


「そんな訳ないでしょう。紋次郎さん、恐ろしい事を言わないでください。蘭子さんは死んだんですよ。山狩りをして死体で発見されたんですよ」


マズい! 桃代に聞いた事とは違う、想像以上の話が出てきた。俺は驚いてガリガリ君を落としそうになった。

おかしい? あざみの話が事実なら、桃代が知らない理由がない。

桃代が俺に嘘を教える理由もない。

なんだ? この突然出てきた気持ちの悪い食い違いは?


ただ、ひとつ確かな事もある。あざみは分家の中でも、悪事に加担してない浮いた状態なんだろう。

そうでなければ、分家筆頭の松慕まつぼや弁護士のやぶたけが喋らなかった、俺の知らない話をベラベラ喋る訳がない。

念の為に、事実の確認だけはしようと思う。


「ごめん、ちょっと不謹慎だったよね。お詫びと言ってはなんだけど、これからちょくちょく買いに来るよ」

「いえ、そんな紋次郎さん。でもまあ、お待ちしております。それと、こんな事を言うのは失礼なんですが、分家の連中には気を付けください」


「いいね~あざみさん。あなたのその、はっきりと物申すところは嫌いじゃない。俺も、他の分家の連中は胡散臭いと感じてたから、あなたのその言葉はありがたいよ」

「いえ、紋次郎さんのお役に立てれば幸いです。早く御神体様が見つかるように、私も祈っております」


俺は食べ終わったアイスの棒を、一斗缶に捨てる。

今回はハズレだった。

あざみに挨拶をして店をあとにすると、ヤツは嬉しそうにしていた。


桃代との約束まで、まだ時間がある。


俺は急いで役場に向かい自販機で缶コーヒーを二本買うと、この前と同じおばちゃんに案内をしてもらい郷土資料館に行く。

中に入ると、古い地方新聞を読み始める。

あざみの言う通り、数年前の新聞に、山の中で自殺死体発見の記事があった。

おそらくこれの事だろう。


おばちゃんに缶コーヒーを差し出すと、俺は仲良く雑談を始める。

おばちゃんのふくよかな胸にある名札を確認すると、分家の人間の名前ではない。

しかし、この狭い田舎だ、どこでどう人間関係が繋がっているのか分からない。


それでも、俺はこの人の笑顔が気に入り自分の素性を告げると、おばちゃんは複雑な表情になりジロジロと俺を見始めた。


ヤバい、失敗した、警戒されてしまった。

そんなふうに考え始めたら、おばちゃんは俺の肩を叩いて懐かしそうに話を始めた。


「いや~あんたが紋次郎ちゃんなんだ。わたしはあんたのお母さん、菊江さんの同級生なんだよ。菊江さんと蘭子さんは残念なことになったけど、あんたと桃代ちゃんがいれば、真貝の家は安泰だね」

「えっと、お、太田おおたさん? 太田おおたさんは俺の母と仲が良かったんですか?」


「紋ちゃんあんた、いま私の名札と、私の身体からだを見て、太田ふとださんって言いそうなったでしょう。もしも言い間違えたら、今後ここは立ち入り禁止にするからね」

「いえいえ滅相も無い。そんな失礼な事は思ってないです。それに太田おおたさんは、ふとくないですよ」


紋次郎、何時いつからおまえは大ウソつきになったんだ。

この人がふとくなければ、一体誰が太いんだ? ほら見ろ、椅子が壊れそうになってる。


それなのに、おばちゃんったら、俺の言うことをに受けて顔が赤くなってる。

俺は・・・帰り支度を始めた。


「ちょ、ちょっと待ちなさい。紋ちゃんは何か知りたい事があって、ここに来たんでしょう。私が教えてあげるから何でも聞きなさい。私はあんたの味方だよ」

「味方? どういう意味です太田おおたさん。俺に敵が居るような言い方ですが?」


「まあ、私くらい情報通になると、色んな噂を知ってるからね。なにせ役場におると暇な爺さん婆さんが、談話室ですずみながらくっちゃべってるから」

「そうですか。でも、ここで話した内容は、二人だけの秘密にしてくださいね」


「も~う、二人だけの秘密だなんて、なんかドキドキするでしょう。紋ちゃんったら意外と女殺しだね」


俺は苦笑にがわらいを浮かべて照れた太田おおたさんと会話をするが、オーバーリアクションでフレンドリーな中年女性にベタベタと身体からださわられて、女殺しではなく、俺は人殺しになりそうだった。


殺人衝動を我慢して、今回聞いた話だが、まだ噂話の範疇はんちゅうだ。

確認しづらい話もある。

俺の母親と桃代の母親は、双子なのに仲が悪かった。

そんな話を、母親の同級生から聞きたくなかった。


これに関しては、あまり積極的に裏付けを取らなくてもいいと思う。


太田おおたさんと別れたあとで、この前のケーキ屋に寄ると、気分転換をする為に俺はコーヒーゼリーを四つ買う。

あまちゃんに二つ食べられても、ひとつは死守する為だ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る