第34話 挨拶

母屋おもやに戻ると、桃代は台所で食事を作り始めた。

俺は居間にある座卓の上でノートを広げると、いま教えてもらった事や、疑問に思うところを書きめておく。


御神体が消えた事を、警察には届けたのだろうか?

これは窃盗だと思うのだが、そう辺はどうなのだろう?

和尚は、どうしてミイラ化して死んだのだろう?

ピラミッドの中で、ミイラ姿の桃代を発見できなかったのに、どうしてざいえんは嘘の報告をしたのだろう?

消えた蘭子さんは、何処どこに行ったのだろう?

どうして蘭子さんは、おかしくなったのだろう?


どうも考えがまとまらない。

情報が足りない。


俺は御神体を一度も見た事がないから、どういうモノなのか想像がつかない。

桃代が言うように、御神体が一人で出掛けたのなら、俺はこの田舎をすぐに出て行くつもりだ。

もしも、夜中にばったりと会い【こんばんは】なんて声を掛けられたら、俺はまた記憶が飛ぶ自信がある。


などと、くだらない事を考えていると、食事の用意は済んでいた。

食事を作ってくれた桃代に感謝をしたあとで、俺は食べながら続きを考える。

すると、代替わりの挨拶に、桃代は龍神に会いに行こうと言い出した。


断る理由はないので承諾すると、食事が済んだあとで桃代は龍神の弁当を作り、出掛ける準備を始めた。


桃代と並んで頂上まで行くのは、幼い時以来だが、歩きながら思い出した。

ガキの頃、俺は神社の中にはいった事がある。


ガラスケースの中で、きれいな着物を着て、白い顔をした人形を見た気がする。

あれが、御神体だったのではないだろうか。

あの白い顔が面だったなら、今と表情が違う気がする。

俺のボケた頭の所為せいかも知れないが、あの時の面は驚いたような顔をしていた。

まあ、じっくりと見た訳では無いので、俺の気の所為せいかも知れない。


そんな重要な事を思い出していると、頂上付近まで来ていた。

俺は桃代にお願いをする。


「ごめんモモ、すぐに追いかけるから、ちょっと先に行っててくれる」

「なんで?・・・あっ、わかった。だから出掛ける前に【大丈夫】って聞いたのに」


「大丈夫って、なんの事だ?」

「だから、おトイレ。いい紋ちゃん、山の神様は女性が多いから、おしっこは山頂に向かってするんだよ。そうすると神様が喜ぶんだって」


「いいか桃代、俺は小便がしたい訳じゃない。そして、おまえから下品な事を聞きたい訳じゃない。おまえは、おしっこする人を見て喜ぶのか?」

「あうっ、ちょっとしたミニ情報だったのに。ごめんなさい、覗かないから安心して」


桃代は言いたいことを伝えると、先に頂上に行った・・・でも、覗かないってなんだ?

昔からそうだが、人の話を聞かないヤツ。


俺が桃代を先に行かせた理由、それは、あまちゃんが居たらイヤだからだ。

逆鱗や桃香の面、分家の連中や人の死、それとは別次元で俺はあの人が怖い。

いや苦手だ。


頂上をコッソリ覗いて、あまちゃんの不在を確認すると俺は桃代を追いかけた。


大蛇おろち塚の石碑の仕掛けから中に入ると、龍神に二人揃って挨拶をする。


「よっ、龍神、今日も来てやったぜ。今日は桃代も一緒だ。しかも、弁当持参でだ。よろこべ」

「こんにちは龍神様。本日は現当主の紋次郎と当主交代の挨拶に参りました。至らない所ばかりの紋次郎ですが、これからも宜しくお願いします。こちらはお供え物のお弁当です」


「うむ、ワシに任しておけばよい。そいで、この弁当の中身なんじゃが、ゆで卵だけじゃけど? 他のおかずは?」

「いや、だって、前回、次に来る時はゆで卵をたくさん持って来てやる、って言っただろう。なんで文句を言うの?」


「いや、そうじゃけど、ワシはお好み焼きが食いたいとも、言うたじゃろう」

「それは、次来る時に持ってくるよ。そばの代わりに、ゆで卵をいっぱい入れてな」


「紋ちゃん、それは嫌がらせかいのぅ。そばのはいいっちょらんお好み焼きは、もうなかろうが」

「はい龍神様、ちゃんとおかずもありますよ。紋ちゃんが【そんなモノはらん】って、言ってましたけど、用意しておきました。こちらには、おにぎりもありますので、たくさん食べてくださいね」


「お~お~桃代は優しいのぅ。それに比べて紋次郎、なんじゃいおまえは! 神であるワシをぞんざいに扱いおって、そのうちバチを当ててやるけぇねッ」

「龍神テメエッ! 現当主の記憶を曖昧にして、ニョロニョロしたモノを苦手にしたくせに、調子に乗ってると逆鱗を燃やすぞ!」


「あ~っ、ごめん紋ちゃん。逆鱗はワシのアキレス腱じゃけぇ、それだけは勘弁してつかぁさい」

「そうだよ、今のは紋ちゃんの方が悪いよ。龍神様の足枷あしかせを、逆手さかてに取るのは良くないよ」


「おまえたち、ワザとだろう。まだ足がえてない龍神にアキレス腱は無い。当然、足枷あしかせも出来ない。そうやって、俺をおちょくるつもりなんだろう」

「ガハハ、バレた、桃代の発案なんじゃ。紋ちゃんは揶揄からかうと面白いって、じゃけぇこないだ打ち合わせをしたんじゃ。でものぅ、昨日紋ちゃんとえびせん食べてから、ホンマに足がえてきたんよ。どお、カッコええじゃろう」


「なんかムカつくけど、まあいい。どれ、おっ、本当だ、ちっちゃい足がある。でも、足だけ生えたオタマジャクシみたいで、カッコ良くはないな」

「紋ちゃんは、意外と意地悪じゃのう。そげな感じじゃと、桃代に愛想を尽かされるで」


「いいから、早く食べろ。カラはいてやったから、そのまま食べて大丈夫だぜ」

「桃代は気が利くのう。将来ええ嫁さんになれるで。紋ちゃんも少しは見習わんかい」


「龍神様、カラは全部、紋ちゃんがいてくれたんですよ。わたしではありません。それから二人とも、妙に仲が良いですけど、昨日会ったばかりですよね?」

「そうなんじゃ。なんでじゃろう? なんか、紋ちゃんとは妙に気が合うんよ」


「俺はニョロニョロしたヤツは苦手。でも、会話も出来るしノリが合うから、コイツは特別」


俺と龍神を見比べて、桃代は不思議そうな顔をしている。

龍神はお重に顔をっ込み、美味うまそうに食べている。

俺はどうして龍神と気が合うのか? 考えてみたが、理由などわかるはずもなかった。


お腹のふくれた龍神は、横になり寝息を立て始めたので、俺と桃代は帰る事にした。


腹がふくれて、楽しい夢でも見ているのだろう。

龍神の鱗がピカピカしながら色を変えている。

【パチンコ屋のネオンかッ】そう言って、俺は龍神の頭をシバきそうになった。



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