「水の匣」 剣の杜

@Talkstand_bungeibu

第1話

僕には大切な友達がいる。物心ついたころから、僕と気兼ねなく話をしてくれる友達だ。友達、といっても同い年じゃなくて年上のお兄さんだ。いつも、いろんなことを僕に教えてくれる優しい友達だ。

僕は週に一回だけ友達に会いに行く。行き先は水族館だ。イワシの魚群、クラゲの水槽、タカアシガニを始めとした深海魚のコーナー、ペンギンの展示、いろいろなコーナーを抜けて僕は目的のコーナーへと歩いていく。

それはイルカのコーナーだ。上の階はそのままイルカショーの会場となっていて、下の階の部分は展示コーナーになっている。僕はアクリルガラスで囲われた水の匣のそばによって声をかける。

「一週間ぶり、遊びに来たよ」

声にこたえてくれたのか、4頭いたベルーガのうち1頭がこちらに向かって泳いでくる。途中、バブルリングを作って、その輪の中をくぐるサービスをしてくれた。これには、僕以外のお客さんも喜んでいた。ベルーガが僕の前にまで来ると、くるくると目の前を泳ぎながらキューキューと甲高い声で鳴いた。それと一緒に、頭の中に直接声が聞こえてきた。

(一週間ぶり、元気だった? たしか、人間の子供は夏休みに入ったんだよね)

「うん、そうだよ。だけど、お小遣いがないから、毎日会いに来るのはできないんだけどねー」

(人間は大変だねー)

人間を人間として認め接するのはイルカだけという話を聞いたことがある。ベルーガは僕の目の前でキューキュー鳴いていて、僕はそんなベルーガに話しかけている。他の人からはどのように映っているのだろうか?

「そういう君だって退屈じゃないのかい? こんな水の匣に閉じ込められて。海を泳いでみたいとか思ったりしないの?」

(いやいや、この水の匣も慣れてしまえば心地よくてね。食べ物は定期的にもらえるし、ジャンプを見せれば人間たちが大喜び楽しいもんさ。それに君みたいに話せる人が何人かいて外のことを知ることも意外と簡単さ)

彼は満足そうに話す。彼からすれば、匣の中にいるのは僕たちの方なのかもしれない。自由なようで自由でない。不自由そうで自由。どっちが幸せなのかは、簡単にはわからない。考えに耽っていると彼が思い出したように言った。

(おっと、そろそろショーの時間だ。また来週)

「うん、また来週。今日も頑張って」

そう言うと、彼は上の階へと泳いでいく。そして、上の階からは人の歓声が聞こえてくる。彼はこの水の匣の中でも、できる限りの自由を謳歌している。僕も来週、彼に会える時までに夏休みという自由を楽しみ、面白い話をため込んでおこう。

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