魔女と呼ばれる叔母に拾われる
追い出された俺には何の慈悲もなかった。金を渡される事もなく、着の身着のままで追い出されたのだ。俺は完全に途方に暮れていた。
「……これからどうすればいいんだよ」
その日は雨だった。土砂降りの雨。まるで俺の心を表しているかのようだった。陰鬱とした感情が俺の心の奥底から溢れあがってくる。
「ごめん……母さん。俺、母さんとの約束を守れそうにない」
俺の心は完全に折れかかっていた。現実は無情だ。嫌気がさしてくる程に。俺は天国にいるであろう、母の元へ向かいたい程に、気持ちが絶望へと染まっていったのだ。
死んだ方が良いんじゃないか? ……という気持ちは強まり、死んだ方が良いとすら思う。
どうせ、死んだところで誰も何も思わない事だろう。自分は世界から望まれていない、言わばお荷物のようなものなのだから。
自分が街中をフラフラと歩いていた時だった。
「ん? ……」
俺は一人の人物と顔を合わせる事となる。
「……母さん」
何となくだが、目の前の人物が死んだ母親と重なって見えた。似ていたのだ。どことなく、面影があった。優しかった母の幻影がそこにはあった。だが、その人物はどことなく、険しい顔をしていた。怖い、怒ったような表情を浮かべる。
「誰がお母さんだ……私はお前のママじゃないんだぞ」
そう言って、顔を顰める。俺はその人物に心当たりがあった。似ているはずだ。彼女は母――マリア・ユグドレシアの実の妹である。年齢は20歳程度。カタリナ・ガーネット。妖艶な印象を抱く、美しい容姿をした彼女はただ見た目が良いというだけではなかった。
ユグドレシア家と並ぶ、魔法の名家であるガーネット家の次女であり、『魔女』とも称される彼女は、まごう事なき、魔法の天才だった。
母の妹。つまりは俺にとっては彼女は叔母さんだった。
「カタリナ……叔母さん」
「あん? ……誰が『おばさん』だって!?」
カタリナは不機嫌そうな顔をした。それどころか、全身から殺気を漲らせた。今すぐ、何らかの攻撃魔法を放ってきそうな程に。その様子はあまりに恐ろしく、人間を相手にしているようには思わなかった。鬼か悪魔のような、上位モンスターと対峙しているが如くのプレッシャーだ。
「な、何でもないです! き、聞き間違いですっ! 『カタリナお姉さん』ですっ!」
俺は慌てて訂正した。女性というのは『おばさん』という言葉をえらく気にする生き物だ。本当に『おばさん』という言葉が相応しい年齢だとしても、決して言われたくない言葉なのだ。もっとも俺は、中年女性という意味ではなく、単に父親や妹のような人間関係を表す言葉として言ったつもりだ。
――だが、言葉とは結局は相手がどう受け取るかが重要なのだ。
「……ったく。わかればよろしい。あたしはまだ若いんだ。『おばさん』なんて呼ばれるような筋合いはねーんだよ」
カタリナは殺意を治めた。俺はほっと胸を撫で下ろす。いくらカタリナが『魔女』と恐れられている魔法師と言えども、今は亡き姉の息子を失言一つで殺害する程短気ではないだろう。そうであって欲しい。俺の希望的観測だ。
「んで……てめーはこんな大雨の中、ここで何をしているんだよ?」
「そういうカタリナおば……お姉さんはどうしてここにいるんですか?」
「質問を質問で返すな……後、お前、『おばさん』って言いかけただろ。殺すぞ。あたしはここら辺にちょっと野暮用があったんだよ……それで、ついでに姉さんの墓参りにな」
母――マリアの墓はユグドラシア家の近くにある。王国ミズガルズの領地内を訪れなければならない。苦しくも、母の命日は俺の誕生日と重なっていたのである。
カタリナはユグドレシア家の事を毛嫌いしていた為、そうそう本家の方を訪れる事はなかった。彼女と会ったのも、幼い頃の数回だけだ。殆ど記憶らしい記憶もない。母が死んでからと言うもの、とんと接点らしい接点がなくなってしまったのだ。
「こっちの用件は話した。お前はなんでここにいるんだ? こんな大雨の中で」
「それは……」
俺は事実を告げるのを躊躇った。あまりに情けない理由だったからだ。だが、嘘を言っても仕方ない。『魔女』と呼ばれる彼女は聡明だ。その目は全てを見透かしているようだ。俺が言葉に出さずとも、状況だけで察してしまっているに違いない。
「大方……ユグドラシア家を追い出されたんだろう?」
「…………」
図星だった。言い返す言葉などない。カタリナは俺の沈黙を『是』と受け取ったようだ。全く、この人には嘘や誤魔化しは通用しないようだ。
長い事顔を合わせていなかったとはいえ、彼女は俺が『魔法を使えない』事を知っていた事だろう。だから、彼女は俺と会った時から、何となく何があったのかを察していたのではないか。そんな気がしていた。
「どうするんだ? ……これから?」
「どうするって……」
どうする? ……母との誓いは守れそうにない。立派な魔法師になど俺はなれなかった。魔法は俺を選ばなかった。俺は選ばれなかったのだ。自分が情けなかった。自分などいなくなればいいと思った。激しい自己嫌悪は死ぬ事すら意識する程であった。そして、その表情だけでカタリナは俺の心情を見抜いていたのだ。
「……とりあえず、家に来い」
そう、命じられる。
「……家?」
「ああ……隣国であるレガリアに、私の家があるんだ。そこに来い」
「どうして、そんな事をしてくれるんですか? 魔法が使えない俺に優しくしてくれても、何の得にもなりませんよ。俺なんて家に置いたって、何の役にも立たない。俺なんてただのお荷物しかならないじゃないですか」
「見捨ててられないからだよ。お前、このまま放っておいたら死ぬつもりだっただろ?」
ご明察だった。俺は彼女が現れなければ、やっていた事は決まっていた。魔法師として、母との誓いを守れなかった俺はもう、生きている意味を感じていなかった。実家を追い出された事で、居所を完全に失ってしまった。その末にたどり着く結末は一つしか思い当たらない。俺の心はそれくらいになるまで、擦れてしまっていたのだ。
彼女はその事を完全に見抜いていた。
「魔法が使えなかったとしてもお前が姉さんの忘れ形見には違いないんだ。放っておけるわけがないだろう?」
行き場のなくなっていた俺が彼女の好意に甘える以外になかった。
こうして俺は叔母であるカタリナと隣国であるレガリアへ向かったのだ。
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