27 あの日 

「分かるか? これからも傭兵を続けるってことはな、そうなるってこった。だから悪いことは言わねえ、数を数えられるうちに、その4人に対してすまなかったとか、そういう気持ちがある間にやめとけ。一度汚した手はもう元には戻らんが、まだ今なら間に合う」


 誰も答える者がなかった。


「以前、言われたことがある」


 トーヤが続ける。


「俺は人をあやめたが、楽しみのためにやったのではないだろう、とな。そう簡単な話じゃねえが、そう言ってもらったことで少しだけ心が救われた気がした。気がついたら手に血がついてたような俺でもな、生きるためにやったことだ、だから大丈夫だ、そう言ってもらえただけでな。だから、俺がおまえにも言ってやるよ、今ならまだ間に合う」


 言われた時のことを思い出すように、トーヤが一瞬、どこか遠くを見つめてから続けた。


「そのガキがな」


 ベルがトーヤの声に顔を上げる。


「俺らと一緒に来たいと言ってくれたこと、それは正直うれしかった。だがな、俺らと一緒に来るってことはな、兄貴の手がさらに血に汚れるってことだ。そしておまえもそのうちそうなるかも知れねえ、ならなくてもそれまで生きてられねえかも知れねえってことだ、それをよく分かれガキ」


 亡くなった上の兄も、そしてアランも、どちらも自分の身を守るためだけではなく、ベルのことも守って手を血に染めたのだ。そしてその結果、スレイ兄は戦いの中で亡くなった。

 トーヤが言うように、そんな生活を続けていたら、いつかアランもそうなるかも知れない。やがて自分もそうなるかも知れない。


 そうならないために、トーヤは自分のことを話してくれている。

 トーヤの気持ちが伝わってきて、どう言えばいいか分からなかった。


「もう一度言うぞ、今ならまだ間に合う、足を洗って妹とどこかの町で平和に暮らせ」


 ベルは、トーヤの顔を見て泣きたくなった。


 ベルはやっぱりトーヤとシャンタルと一緒に行きたい気持ちは変わらない。

 だが、それは兄を、アランを地獄へと進ませる道なのだ、それを初めて考えた気がした。


「おれ……」

 

 さよならを言わなくちゃいけないんだ、ベルはそう分かったのだが、言葉が続かない。


 兄の手をにぎる手に力が入る。

 そうして自分を励まして、さよならを言おうとした。その時、


「ちょっと待て」


 アランがそう言って、ベルの手の上から自分の手を当てて力を込めた。


「兄貴……」

 

 ふっと優しい顔で妹を見て、優しい顔で軽く頷く。


「トーヤさん」

「なんだ」

「一緒にいっちゃいけませんか?」

「なんだと?」


 トーヤがきつい目でアランを見る。


「おまえ、俺が言ったこと聞いてたよな? 聞いててそう言うのか?」

「はい」

 

 アランがしっかりと答える。


「俺、手を汚す覚悟はもうずっとずっと前にできてるんです」


 トーヤが黙ってアランを見る。


「それは、トーヤさんが言ってるように、楽しみのためじゃないです、生きるためです」

「その生きるためは他の場所じゃだめなのかよ」

「そういうわけじゃないですが」

「じゃあやめとけ」

「いえ、ちょっと話を聞いてください」


 トーヤは少しの間アランを見ていたが、


「分かった、言ってみろ」


 そう言ってアランに話を続けさせた。


「俺たちの家族、5人家族でした」


 アランがゆっくりと話し始める。


「その家族がなくなったのは三年前です。俺が今のベルと同じ10歳の時です。それまでは家族5人で特別なこともない生活でしたが、それが当然のことだと思ってました。色々と文句もありましたが、まだガキだったし、そんなに色んなことも知らなくて、その生活がずっとずっと続くんだと思ってました。家の手伝いやこいつの守りなんかして、特にこれってことない生活が」


 そう言ってベルを見る。


「どこかで戦が始まったって両親が言ってたように思います。でもそんなこと遠くのことだった。まさか自分のところに来るなんて思ってもみなかった。両親はどう考えてたかとか分かりませんが、少なくとも俺とこいつはなんにも分かってなかったです」

「そりゃまあ、ガキだからな」

「ええ、そうです、ガキでした」


 アランが認めて頷く。


「そんなある日、突然戦が村にやってきて、あっという間に両親を殺され、家も焼かれ、村も焼かれ、俺とこいつは上の兄に引っ張られるようにして逃げて、それでなんとか生き延びました。落ち着いた後で家に一度戻ったんですが、何もかも焼き尽くされて、どこがどうだか何がなんだか分からない状態でした。たった数日前まで穏やかに暮らしてたのに」

「そうか」

「はい、それでそこもまだ危なくて、なんとか両親の遺体らしきものを探し出し、それをやっとほうむった後、3人でふらふらと当てもなく村から離れるしかありませんでした」


 アランが一息つく。


「腹も減って、でも食べるものもなくて、疲れて、どうしようもなくなった時、戦場の跡にたどり着きました。それでそこに落ちてる色んな物を拾って、それを交換してきて兄が、なんとか食べるものを持ってきてくれた。それからずっと戦場でそんな生活をしてました。そしてそんな『戦場稼ぎ』から剣を手にして兄が傭兵になって、もう少しまともな物が食べられるようになりました」


 アランは表情を変えずに淡々と続ける。

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