25 生き残るために
アランがもっとよくなると、トーヤは今度はアランにも模擬刀を握らせる。
「動けるようになる訓練だと思ってやってみろ」
言われて素直にアランが振ると、
「だめだな、そりゃ死にかける」
そう言って取り上げ、ベルにやったように握り方から教え直し、
「いいか、こうだ」
丁寧に素振りをやって見せる。
「けどな、先に言っとくが俺のは我流だ。ただそれでもおまえのそれよりは何十倍もましだし、何よりもおまえらよりもっとちっこいガキの頃から今まで生き残ってきた腕だ、習っといて邪魔になるこたねえ」
そう言って、なんとなく懐かしそうな顔になった気がした。
「あまり無理はすんなよな、動けるようになる訓練だから本気で剣の訓練のつもりでなくていい」
「分かりました」
言われてアランはゆっくりと、体に剣の動きを覚えさせるように、ぶれないように素振りをやってみせる。
それを見てトーヤがほおっと感心するような声を上げた。
「おまえ、結構上達するかもな。前に教えたやつも最初はへっぴり腰だったが、そういう感じだった」
「そうなんですか」
「まあ、さっきも言ったように体を元に戻すためだと思ってゆっくり続けろ」
「はい」
そうして、アランには無理をさせず、その横のベルには、
「あと10回だ、とっととやれ、ガキ」
と、フンッと鼻を鳴らすように言う。
「なんで兄貴とそんなに差つけんだよ!」
「そりゃおまえと兄貴に差があるからだ」
言われてしまうともうどうしようもない。確かにアランとの差は歴然だった。
「まあ、あまり無理してもな。今日はこのぐらいだ。部屋に戻って一休みしたら交代で風呂入って飯の時間でも待ってろ。特にガキ」
そう言ってベルをじろりと睨むと、
「おまえは臭くないようにしっかりと洗え」
「くっそー!」
最初の日にあんな目にあってから、ずっと臭い臭いと言われてベルは悔しくて仕方がない。
「トーヤの方がよっぽどおっさんくさ、いで!」
いつものように張り倒しておいて、トーヤはとっとと部屋へ戻ってしまった。
「見てろよ! いつか痛い目に合わせてやるからな!」
その後姿にベルが思い切り叫ぶ。
その姿をアランが複雑な顔で見下ろしていた。
その日、アランとベルが部屋に戻ると、トーヤは椅子に座って休んでいた。
「あの、トーヤさん、先に風呂いってきてください」
アランがそう言うと、
「そうか、そうすっか」
そう言って素直に先に風呂へ行く。
いつもならそう言っても、
「先済ませとけ、そうでないとまたそのガキが風呂は嫌だか言いやがるしな」
そう言うのに、今日はなんだか少し様子が変だとアランもベルも思った。
「あの、なんかありましたか?」
アランがシャンタルに聞く。
シャンタルは外に出ずに部屋の中にいたので、先に戻ったトーヤに何かあったか、もしくは何か話でもしたのではと思ったからだ。
「ん? いや、何もないけど? ただ、帰ってきたら黙って座ってたね」
「そうなんですか」
「何か考えてはいるようだけど、何も言ってなかったよ」
「考えているが何も言わない」と言われ、ベルはドキリとした。
時が来たのではないか、と思ったからだ。
トーヤが自分たちに別れを切り出す時が。
トーヤが戻ると、ベル、アラン、それからシャンタルの順に風呂に入り、夕飯の時間になったので4人で食堂に行く。
食堂に行くといつもの場所、隅っこのテーブルに4人で座る。
いつも同じこの席に座る意味が、生活を共にする過程で分かってきた。
この席からは、食堂の入り口から厨房まで、大部分が見渡せるのだ。
平和な時でも、何もないだろうと思える時でも、トーヤはそういう席を選んで座る。何があっても対処できる場所を選んで。そして初めてここに来た時、それを教えられているシャンタルも自然にその席に座ったのだ。
「いつも同じ場所だね、4人になったのに狭くないかい?」
食堂でおばさんにそう聞かれ、
「隅っこが好きなんだよ。俺みたいないい男が真ん中に座ってたら、他のむさい野郎どもに申し訳ないだろ?」
「あらま、そういう理由かい」
「それ以外あるか? そうでないと、かわいいお姉ちゃんが俺の周囲にみんな集まっちまうからな」
「おやおや」
トーヤはそうふざけて言うが、本当の理由はそれであった。
『いいか、どんな時でも何があってもすぐに逃げられるように出入り口、逃げ道を確保できる場所、何かが起こったらすぐに分かる場所に席を取れ。その席一つで生き残る可能性は変わってくるからな。それと、先にそういう場所に座ってる人間がいたら、そういう人間かも知れないと思え』
ある時アランとベルにそう言った。それで分かったのだ。
生活のすべてがそうであった。
どうすれば生き残れるか、どうすれば逃げられるか、どうすればより優位な位置を取れるか。
そんなことを少しずつアランとベルに教えていた。
生き残るための知恵を授けようとしてくれていた、それを知った。
そしてそれは、トーヤが2人を切り離す時のために、2人でも生きていけるようにしてくれているのだということを、アランもベルもなんとなく気がついていた。
そして、「その日」が近づいていることも。
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