23 考える時間

「おい」


 アランが止めるが、ベルが息を切らしながら言う。


「だ、だいたいな、シャンタルだっておれらとさいならするの、全然さびしくないんだろ! とっととどっか行けばいいと思ってんだろ! だから、そんな平気な顔してんだろ!」

「私はベルたちと離れたくないなあ」

「えっ」

「平気そうに見える?」


 そう言ってにこにこした顔をベルに見せる。

 ベルがその顔を、美しい笑顔をじっと見て、そして正直に言った。


「ってか、なんも考えてないように見える……」


 それを聞いてシャンタルがプッと吹き出した。


「そうかあ、そう見えるんだね」


 そう言う姿も何も考えていないように見える。


「ごめん……」


 ベルが謝ると、


「謝ることないよ。うん、昔からよく言われるんだよ、何も考えてないってね。そしてそれははずれてはいないかな」


 そう不思議なことを言う。


「それとね、私はあまり心配していないから、それで余計にそう見えるのかも知れないね」

「心配してない?」

「うん、物事はね、なるようにしかならないから」

「なるようにしか?」

「うん」

「それって……」


 どういう意味なのかベルは考える。


 このままだと、あと何日かするとアランは元気になる。

 それはそれでうれしい。

 それから、どの程度元気になったら大丈夫と言われて、出て行けと言われるのかはまだ分からない。


『ずっと寝てたから、もうちょい歩く訓練しないとな』


 トーヤはさっきそう言った。

 ということは、アランが一人で風呂に入れるようになっても、まだ少しはいていいということだ。少なくとも歩く訓練をする間は。


「トーヤはすぐに出ていけって言ってない……」


 ベルがぼそっとつぶやく。


「うん、言ってないよ」

「その間になんとかすりゃいいってこと?」

「なんとかって言うか、アランともよく話し合って決めた方がいいよ」

「そうか」


『ここが嫌ならよそでもいい。そこ探す間ぐらいなら面倒見てやるし』


 トーヤはそう言ってたのだ。だったら考える時間はまだまだある。


「兄貴」


 ベルが真剣な顔でアランに言う。


「なんだ」

「おれ、トーヤとシャンタルと一緒にいたい」


 アランは、多分そういうことを言い出すのだろうと予測していたので、驚いた顔はしない。


「だめかな」

「だめかなって、おまえな、それは俺に聞くことか?」

「兄貴だけじゃないと思う。けど兄貴にも聞かないと」


 アランは妹の顔をじっと見て、


「まあ、すぐに答えが出せる問題じゃねえからな」


 そう言った。


「トーヤさんも言ってたけど、とにかく俺が動けるようになるまで待て。その間に俺も考えるし、話もしてみる」

「うん」


 横を見ると、シャンタルがにこにこしながらベルを見ている。


「ベルがこの間熱を出したのは、多分、心で思っていることをどうしていいか分からなくて、言葉にもできなくて、そうして熱という形になって出たんだろうね。けれど、今はそうして言葉にできるから、もう熱は出ないと思うよ。私はそれがうれしいな」


 なんとなくシャンタルの言っていることが理解できた。


「シャンタル」

「なに?」

「おれがさ、一緒に行きたいって言ったらだめかな?」

「さあ、それはどうだろうね」


 いいと言ってくれると思っていたので、ベルが軽く衝撃を受ける。


「シャンタルは、おれが一緒に行くのいやか?」

「そんなことはないよ」

「じゃあ、なんでいいって言ってくれねえんだ?」

「それはね、ベルの運命はベルのもので、私が決めることじゃないから、かな」

「おれの運命?」

「そう」

「運命……」


 よく分からない。


「たとえばね、ベルが一緒に行きたいって言うでしょ? そして私がいいよって言っても、もしもそういう運命になかったらね、一緒にはいけない。そしてその運命は私が決めるものじゃない、ベルが決めることだから」

「なんか、わけわかんねえ……」


 ベルが顔をしかめ、それを見てシャンタルが笑った。


「なんで笑うんだよ」

「いや、かわいい顔するなと思って」

「な、なんだよ!」


 ベルが真っ赤になって頭をかきむしった。


「まあね、よく考えて、アランともよく話して、そう、トーヤとも話さないとね。ベルがどうしたいか、アランがどうしたいか、それをちゃんとトーヤに伝えて、それでも、どうしてもトーヤがだめだって言ったらね」

「うん、トーヤがだめだって言ったら?」

「さあ、どうなるだろうね」


 そう言ってシャンタルがにこにこと笑う。


「その後のことはベルが決めることだからね」

「やっぱりわけわかんねえ……」


 そんな話をしていたら乱暴に扉を開けてトーヤが入ってきた。


「はあ~いい湯だった。おい、ガキ、次おまえいってこい」

「ガキじゃねえ、ベルだ!」


 いきなりそう言われてトーヤが驚いた顔をする。

 今まで「ガキ」と言われても、それに対して名前で主張したことがなかったからだ。


「ちゃんと名前あるんだからベルって呼べよな、トーヤ!」


 トーヤが少しだけ鋭い目になり、それからふいっと目をつぶって言う。


「ま、ガキはガキだ、そんないっちょまえの名前で呼ぶ気はねえ。おいガキ、また臭くなりたくなかったらとっとと風呂いっとけ」


 そして後ろを向いて、名前を呼んでもくれず知らん顔でタオルで頭を拭き続けた。

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